5年生存率9%、沈黙の臓器を襲う「膵臓がん」はなぜ怖いのか
第1回 2cmで見つかっても「早期がん」とは程遠い、膵臓がんの特徴とは
田村知子=ライター
がんの中でも早期発見が難しく、9割以上の患者が診断から5年以内に命を落としてしまう「膵臓がん(膵がん)」。膵臓がんは「怖い病気」の代名詞的存在ではあるものの、これまでは見つけることができないと考えられてきた「ステージ0期」での診断が可能になってきている。ステージ0期で発見できれば転移前に手術が可能で、生存率は極めて高い。本特集では、膵臓がんの早期診断法の確立に尽力している東京女子医科大学消化器内科准教授の菊山正隆氏に、膵臓がんが恐れられる理由や膵臓がんになりやすい人の特徴、膵臓がんの早期発見のために知っておきたい検査などについて詳しく聞いていく。
『膵臓がん早期発見への挑戦』 特集の内容
- 第1回5年生存率9%、沈黙の臓器を襲う「膵臓がん」はなぜ怖いのか←今回
- 第2回怖い「膵臓がん」 早期発見のために知っておきたい4つの危険因子
- 第3回“幻のがん”と言われる「超早期の膵臓がん」を見つける切り札とは?
「膵臓がん」はがんの中で最も生存率が低い
「2人に1人ががんにかかる時代」と言われて久しい。高齢者人口の上昇に伴い、がんで亡くなる人の絶対数は年々増加している。一方で、早期発見が進み、治療も進歩したことから、がんと診断されて治療を受けた人が5年後に生存している割合(5年相対生存率、以下5年生存率)も年々向上している。がんの診療では、治療後5年間再発がなければ完治したと見なされる。つまり5年生存率は、そのがんを克服した人の割合と考えられるわけだ。
現在、日本人のがん全体の5年生存率は64.1%で、この20年間で10%ほど上昇した(図1)。がんの種類別にみると、前立腺がんの5年生存率は99.1%、乳がんは92.3%、大腸がんは71.4%と高い数字を達成しており(図2)、がんと診断されても、治療を受けて完治する人は着実に増えている。
だが、そんな流れに取り残されたかのように、いまだ「不治の病」のイメージがつきまとうがんもある。それが「膵臓がん(膵がん)」だ。「見つかったときにはすでに手遅れ」――膵臓がんにそんなイメージを持つ人は多いだろう。実際、膵臓がんの生存率は、主要ながんの中で最も低い。がん全体の5年生存率が64.1%であるのに対し、膵臓がんはわずか8.5%しかない。


膵臓がんはなぜこれほどまでに難治性なのか。膵臓がんのエキスパートである東京女子医科大学消化器内科准教授の菊山正隆氏はこう話す。
「膵臓がんは早期発見が非常に困難ながんで、一般的に早期がんと呼ばれる2cm以下のサイズでは見つけられないことがほとんどです。そして、膵臓がんはわずか数ミリでも他の臓器への転移を起こしやすいので、たとえ2cmの段階で見つかっても、膵臓の外へと浸潤して(滲み出して)進行がんになっているケースが多いのです。手術で膵臓のがんを切除できたとしても、転移していれば抗がん剤での治療が必要になり、膵臓がんが転移した場合の抗がん剤治療の奏効率(がんの縮小がみられた患者の割合)は2割程度しかありません」
膵臓がんの5年生存率が極めて低い理由
- 早期発見が非常に困難
ステージ1に相当する2cm以下のサイズではなかなか見つからない - 進行が速く、転移を起こしやすい
膵臓がんが発生する膵管には筋層がないため、すぐに粘膜外へと浸潤し、数ミリの大きさでも他の臓器へ転移する - 抗がん剤がなかなか効かない
転移した膵臓がんへの奏効率(がんの縮小が見られた患者の割合)は2割程度しかない
ほんの数ミリでも転移を起こし、抗がん剤治療もその効果は2割程度しか期待できない。となれば、できる限り小さなうちにがんを見つけて、転移が起こる前に切除することが重要になる。だが、これまでは、膵臓がんではそれはほぼ不可能なことだと考えられてきた。
膵臓がんでは「がんが膵臓の中にとどまり、大きさが2cm以下、かつリンパ節への転移が見られない」場合に「ステージⅠ期」と定義される。これはほかのがんでもほぼ同様で、ステージⅠ期なら早期がんと考えるのが一般的だ。しかし、菊山氏は「膵臓がんの場合、残念ながらステージⅠでも早期がんとは言えません」と話す。なぜならステージⅠ期の段階で、既に目に見えない遠隔転移(他の臓器への転移)を起こしているケースが少なくないからだ。
「私は、超早期と呼ばれるステージ0期、つまり、がん細胞が膵臓の中を走る膵管の粘膜(上皮)にとどまっている状態を、膵臓がんにおける早期がんと考えています。ただ、従来の検査法でステージ0期の膵臓がんを見つけることは現実的には困難なため、その概念は“絵に描いた餅”でしかなく、ステージ0期の膵臓がんは“幻のがん”と言われてきました」(菊山氏)
ところが、菊山氏らが取り組んできた膵臓がんの早期診断法を用いれば、ステージ0期での診断は可能になってきている。ステージ0期で膵臓がんと診断し、手術をした場合の5年生存率は約90%にもなるという。
どうすれば、膵臓がんをステージ0期で見つけることができるのか。日頃から注意すべき膵臓がんのリスク因子とは何か。本特集で菊山氏に詳しく解説していただこう。