世界中の長寿食を調べた医師がたどり着いた、健康長寿食の秘密
冒険病理学者・家森幸男さんに聞く、健康長寿を実現する食事(第1回)
柳本操=ライター
「寿命を延ばすも縮めるも食生活次第」――。そう話すのは、世界25カ国61地域を巡り、現地の人々の「24時間尿」の採取と採血によって地域に根付いた食事と健康の関係を明らかにしてきた、医師で京都大学名誉教授、“冒険”病理学者としても知られる家森幸男さん。世界には長寿地域が複数あり、「地中海食」など“健康にいい”食事があることは広く知られている。本特集では、世界中の長寿食を調べた家森さんがたどり着いた健康長寿食の秘密を聞いていく。今回は、家森さんがライフワークとなった長寿地域研究を始めた経緯や苦労、長寿地域で見いだした食生活の共通点を、手に汗握る体験談とともに語っていただいた。
『世界の長寿食の秘密』 特集の内容
- 第1回世界中の長寿食を調べた医師がたどり着いた、健康長寿食の秘密←今回
- 第2回地中海食、日本食を比べて判明! 血管若返りの2大食品は「大豆と魚」
死因第1位だった脳卒中の原因を究明したい
食事内容と病気の関係は、我が国はもちろん世界中で研究が行われている。しかし、世界五大陸を横断する、という広範囲の調査は少ない。
京都大学名誉教授で、武庫川女子大学国際健康開発研究所所長を務める医師の家森幸男さんは、今から37年前の1985年、当時日本人の死因のトップを占めていた脳卒中の解明のために世界中を巡ってその食事内容と病気の関わりを解明する、という研究を開始した。WHO(世界保健機関)にかけあい、国際共同研究を実現。世界25カ国61地域を巡り、30年以上かけて数々のエビデンスを見いだしてきた。
今回は、世界規模の研究を立ち上げるに至った経緯から聞いていこう。
世界中の長寿食を調べた家森さんに、食事と健康の関係、さらには長寿食の秘密について伺いたいと考えています。まずは家森さんの研究についてお聞かせください。世界25カ国61地域調査、という大規模研究を立ち上げられたのは、どのようなきっかけからだったのですか。
家森さん 私は病理学を専門としています。病理学とは、病気の原因を究明する学問のことで、亡くなられた方を解剖し検査する「剖検(ぼうけん)」をします。私が医師になった60年前の日本人の死因の第1位は、脳の血管が破れたり詰まったりして起こる「脳卒中」(*1)でした。脳卒中は死亡原因だけでなく、寝たきりや認知症など健康寿命に大きく関わる病気です。
ところが、脳卒中は基本的に人間にしか起こらない病気なので、亡くなった方の剖検をして脳の状況を調べることはできても、何が原因かはわからなかったのです。
そこで私は遺伝的に脳卒中になるラット(白ねずみ)を開発しました。当時開発された高血圧になるラットから脳血管に障害を起こすラットの子孫だけを選び交配し増やしていく、という作業を延々と繰り返し、10年以上かけて世界で初めて「100%脳卒中を発症する脳卒中ラット」の開発に成功しました。1974年のことでした。
そして、この脳卒中ラットにさまざまなエサを与えて研究を行った結果、脳卒中ラットに食塩水を与え続けると、重症の高血圧が起こり、脳卒中になることが判明しました。と同時に、食塩を制限しつつ十分なたんぱく質、カルシウム、マグネシウム、カリウムなどを与えると、脳卒中ラットであっても健康なラットと同じくらい長生きする、つまり「栄養には遺伝的体質を超える力がある」こともわかりました。
「ヒトでも同様に、栄養の改善によって脳卒中を予防できるかを調べたい」。そう思うようになりましたが、ラットの寿命は2年なのに対し、人間はもっと長く、人間で確かめるには長期間が必要です。そこで、世界各地のさまざまな食生活と脳卒中の関係を調べたいと考え、1982年に世界保健機関(WHO)に研究の提案をしたのです。
その提案をWHOはすぐに受け入れてくれたのですか。
家森さん 研究の必要性は認めてくれましたが、WHOは感染症の撲滅を主目的とする国際組織です。感染症以外のことに多額の資金を投入するわけにはいかないようで、「研究資金は日本で集めてくれないか」と提示された額は100万ドルでした。当時の日本円で2億8000万円の大金です。そこで私は、血管の健康についての重要性を熟知していらっしゃる日本心臓財団の先生方にご協力いただき、予備研究の傍ら、全国を講演して歩くという二足のわらじ生活で、2年間で30万人の方々から総額1億5180万円の寄付を預かり、世界の61地域をカバーする研究が始まることとなったのです。