歯磨き時の出血は「体中に菌が回っている」危険なサイン
第1回 骨が溶けても気づかない。全身をめぐる「歯周病菌」の怖さを知ろう
柳本操=ライター
歯を磨くときに少し出血する。疲れると歯肉が腫れる。歯がぐらつく……。このような状態を放置していないだろうか。これらは「歯周病」のサインだ。歯周病は、歯を失う最大の要因であるだけでなく、糖尿病や認知症、動脈硬化など健康寿命を縮める病気と強い関連があることが近年明らかになってきた。歯周病の怖さは、かなり状態が悪化するまでほぼ無症状の「沈黙の疾患」であることだ。一生涯、元気に噛(か)み、話すためにも歯の健康を維持したいもの。この特集では、歯周病がいかに厄介な病気であるか、予防のためにはどうすればいいかについて、国立長寿医療研究センター口腔疾患研究部部長の松下健二さんに聞く。
『歯磨きを変えれば、健康寿命が延びる!』 特集の内容
- 第1回歯磨き時の出血は「体中に菌が回っている」危険なサイン←今回
- 第2回歯周病菌は口から全身へ 認知症・糖尿病・動脈硬化を悪化させる
- 第3回「朝食前に洗口剤」「歯磨き剤は成分で選ぶ」健康寿命を延ばす歯磨きの新常識
- 第4回電動歯ブラシは有効? 洗口剤は善玉菌も減らす? 歯磨きの疑問を一挙解消!
40代以降、放置すれば年々悪化していく歯周病
あなたの歯は健康と言えますか? そう聞かれてあなたはどう答えるだろうか。
「ときどき出血するけど、さしあたって痛みはないし……」「歯に食べ物が挟まりやすくなったけど、年のせいでしょ」「歯の定期健診、行かなきゃいけないけどタイミングがね……」。そのような人は「歯に大きな問題はない」と思っていても、気づかぬうちに歯周病になっている可能性があるので、今一度、歯の重要性について再認識し、意識を改めていただきたい。「歯磨きはマメにしているから大丈夫」と言う人も、後述するように、自分が思うほどにはちゃんと磨けていないケースも多いので、油断しないでほしい。
歯周病は、歯周病菌(*1)が歯肉や歯槽骨(しそうこつ)などの歯の組織に感染する「感染症」だが、風邪や食中毒などほかの感染症のような「日常生活に支障を来す症状」はほぼ出ないのが特徴。激しい痛みや発熱が起こらない代わりに、知らぬ間に歯肉や骨をもろくし、溶かしていく。放置すると歯を失うことになりかねないばかりか、後述するように、糖尿病や認知症、動脈硬化といった健康寿命を縮める全身の病気につながる可能性もある。
もちろん、歯周病は全く無症状というわけでもなく、歯肉の炎症(歯ぐきの腫れ、出血など)、歯のぐらつきなどの症状があることは多い。日本臨床歯周病学会が歯周病の症状を訴えて来院した患者を対象に行った調査では、すべての年代を通じて最も多いのは「歯肉の炎症」。年齢が進むにつれて「歯のぐらつき」や「咬合痛(こうごうつう:噛むと痛い、ものが噛みづらい)」を訴える人が増加する。いずれにせよ、歯肉や骨を破壊するわりには大きな痛みを伴わないまま、歯周病は年齢とともに進行、悪化していくことがわかる。

こんな話を聞くと「自分の歯は大丈夫だろうか……」と不安になる人もいるだろうが、どんな兆候に気を付ければいいのだろう。「歯周病と全身の病気との関わりという点で特に注意してほしいのが、歯磨き時の出血です」と、老化と歯周病、全身の病気との関わりを研究する国立長寿医療研究センター口腔疾患研究部部長の松下健二さんは注意を促す。
歯周病になると歯ぐきが腫れ、歯ブラシが当たったわずかな刺激で出血しやすくなる。このとき、歯肉に露出している毛細血管から歯周病菌が侵入し、全身をめぐることがあるという。
「本来は無菌状態であるはずの血管の中に細菌が侵入することを『菌血症』といいます。この菌血症が、歯周病においても起こっていて、その悪影響が全身に及んで臓器がむしばまれ、糖尿病や認知症、心筋梗塞や脳卒中などの発症と密接に関わっていることが近年の研究でわかってきました」(松下さん)
歯周病の危険性を特に自覚したほうがいいのは、以下のような症状がある人だ。
- 歯磨き時に出血がある
- 歯がぐらぐらする
- 口臭が気になる
「歯磨きのあと、口からつばを吐き出したときに出血していないか注意深く見てみましょう。出血があると、歯周病はもちろん、歯周病菌が血管内に入る菌血症を起こしているかもしれません」(松下さん)
歯がぐらつくのは、歯周病によって歯肉がもろくなり、歯を支える歯槽骨が溶け始めているサインの可能性がある。「歯槽骨が溶け始めると、歯がぐらつき、食事の際の咀嚼(そしゃく)でも歯が揺れ、出血しやすくなります」(松下さん)
また、口臭にも注意。歯周病菌はたんぱく質を栄養源にして、硫黄のような悪臭物質を産生する。「たんぱく質が分解されるときに、アンモニアや糞便のようなにおいを発します。コロナ禍のマスク生活によって口臭に気づき、口腔ケアの意識を高めた人もいますが、相手に歯の状態が見えないから、と、口のお手入れがおろそかになっている人もいます」と松下さん。
これらのほかにも、
- 歯肉がむずがゆい、痛い、赤く腫れている
- 硬いものが噛みにくくなってきた
- 歯が長くなったような気がする
- 前歯が出っ歯になった。歯と歯の間に隙間ができた。食べ物が挟まる
といった自覚症状があると歯肉の炎症や、歯槽骨が溶けて歯が動いていることが考えられる。
こうした状態がどのように全身の病気につながっていくのか。歯周病はいかに厄介な病気で、どのようにして私たちの健康を知らず知らずのうちにむしばんでいくのか。以下、健康寿命に直結する歯周病の最新情報、そして、歯周病菌が全身をめぐることになる驚異のメカニズムについて詳しく聞いていく。