前回に引き続き、精神科医で東京大学名誉教授、昭和大学発達障害医療研究所所長でもある加藤進昌先生に「ストレスと脳」というテーマでお話をお聞きします。加藤先生はPTSD(心的外傷後ストレス障害)研究の第一人者であり、国内にPTSDという言葉を定着させた研究者です。

五十嵐 前回、PTSD患者の脳の海馬の体積の話を伺いました。地下鉄サリン事件の被害者でPTSDになった人たちの海馬の体積は小さいということが分かったとのこと。つまり、もともと海馬が比較的小さい人たちは、ストレスへの脆弱性があり、日常のストレスが影響するということでしょうか。
加藤 それは、ありえることです。
もう一つ、PTSDの研究では、私の後任で、いま東京大学の精神神経科教授になっている笠井清登医師が米ハーバード大学に留学中に大学の仲間と協力して行った米国のベトナム戦争体験者を対象とした研究があります。
米国のベトナム戦争体験者と非体験者、80人を対象にした研究で、対象としたのは一卵性双生児2人のペア40組でした。
ベトナム戦争に行った一卵性双生児を対象に
一卵性双生児というのは、遺伝子などが全部一致しているのが特徴です。この研究の対象者40組の双子ペアのうち、
- 12組は双子の1人がベトナム戦争に行ってPTSDになった。
- 23組は双子の1人がベトナム戦争に行ったが、PTSDにはならなかった。
そしてこの40組のペアのもう一人のほうは、いずれもベトナム戦争に行っておらず、当然、PTSDにもなっていない。こういう双子のペアを、アメリカ中から探して研究対象にしたわけです。
アメリカでなければこういう研究はできなかったでしょう。そもそも、こういう患者さんはそんなにいません。この条件に当てはまる双子のペアを40組集めることができただけでも相当に幸運だったと言えます。
そして、彼らの脳の海馬の状態を写したMRI画像が何百枚もあるのですが、それらを1枚ずつ、海馬の場所を特定して、その面積を調べます。それを何百枚も重ねると体積が分かります。これを手作業で一つひとつ探るわけですが、来る日も来る日も同じ作業を繰り返す、とんでもない労力の結果がこちらです。

Smaller hippocampal volume predicts pathologic vulnerability to psychological trauma
Mark W. Gilbertson, Martha E. Shenton, Aleksandra Ciszewski, Kiyoto Kasai, Natasha B. Lasko, Scott P. Orr & Roger K. Pitman
Nature Neuroscience volume 5, 1242–1247 (2002)