うつ病などの気分障害の患者数は全国で100万人を超えており、ビジネスパーソンにとって大きな健康問題になっています。東京のビジネス街で精神科クリニックを開業する五十嵐良雄さんは、うつで休職するビジネスパーソンを復職させる「リワークプログラム」を開始した医師。その五十嵐医師が多くの患者さんを診た経験から、ビジネスパーソンが陥りがちなメンタルの罠(わな)についてアドバイスをします。
現代社会で働く我々にとって、日々の「ストレス」にどう対処するかは、もはや必須のビジネススキルの一つと言っても過言ではありません。自分がどういう状況、相手、トラブルにストレスを感じやすいか。また、自分に合う、ストレス解消効果の高い対処法を持っているか。自分自身でストレスに対処していくというセルフケア意識を持つことが大事です。
この連載では何回かにわたりストレスをテーマにさまざまな角度からお伝えしています。
今回は精神科医で東京大学名誉教授であり、昭和大学発達障害医療研究所所長でもある加藤進昌先生に「ストレスと脳」というテーマで「ストレスが私たちの脳にどう影響するか」について、お話をお聞きします。
加藤先生はPTSD(心的外傷後ストレス障害)研究の第一人者であり、国内にPTSDという言葉を定着させた研究者でもあります。
ストレスと脳の海馬は決して無縁ではない
五十嵐 加藤先生はこれまで精神科医として国立精神・神経医療研究センター 神経研究所や東京大学で研究をされ、中でも「脳、特に海馬」に関わる研究をなさってこられました。今回はストレスが脳に与える影響についてお尋ねしたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
加藤 はい。まずは、ストレスが我々にどういう影響を与えるかという点から始めましょう。
私たち人間の身体は何らかのストレスを感じると副腎(腎臓の上にある内分泌器官)から「ステロイドホルモン」と言われるホルモンを分泌します。これは血圧を上げる、血糖値を上昇させるといった、ストレスに対抗するための反応を引き起こして、ストレスから身体を守ろうとする反応です。
そして、このホルモンを受け取って情報として利用するための「受容体」が脳の海馬にあることが、米国ロックフェラー大学のブルース・マッキイエン教授によって1972年に発見されました。
さらに、猿の脳を用いた研究で、ストレスを受けると脳の海馬の「ある部分(=CA3と呼ばれる部分)」の細胞が死んでしまうということが知られるようになり、「ストレスと脳の海馬は決して無縁ではない」ということが分かってきました。
