新型コロナの重症化や全身病を招く肺の病気 咳・痰…軽く見ないで
第1回 ありふれた咳・痰・息切れなどの症状が、一転して命取りになることも
田中美香=医学ジャーナリスト
世界中で猛威を振るう新型コロナウイルス。このウイルスは、感染しても軽い症状で済む人、症状が出ない人もいれば、急に悪化して死に至る人もいる。「どんな人が重症になるのか?」と不安な自粛生活を送った人は多いのではないだろうか。新型コロナウイルスで重症化する危険因子の1つが、喫煙だ。現役の喫煙者だけでなく、今はやめているけれど昔吸っていた人も、そうでない人に比べリスクが高い。
本特集では、感染症を悪化させ、全身の病気のもととなる「タバコによる健康被害」の現状、さらには喫煙しない人にとっても無縁ではない肺の病気について、東京女子医科大学八千代医療センター呼吸器内科教授の桂秀樹さんに聞いていく。
喫煙者も禁煙した人も、肺の感染症にかかると重症化のリスク

新型コロナウイルス感染症の拡大予防のため、2020年春は多くの人が外出自粛を余儀なくされた。まるで日課のように、その日の感染者数をテレビでチェックしては一喜一憂していた人も多いことだろう。
数ある報道の中でも衝撃的だったニュースの1つは、3月末、タレントの志村けんさんが亡くなったことだ。その訃報を機に、「本当に怖い感染症なんだ」と自粛ムードが一気に本格化し、約10日後の緊急事態宣言へとつながっていった。
志村さんは愛煙家だったことで知られる。数年前から禁煙していたというが、かつては1日3箱以上のタバコを吸うほどのヘビースモーカーだったそうだ。志村さんが亡くなったと聞いて、喫煙者の中には「もしかして私も…?」と不安になった人もいたのではないだろうか。
「確かに、喫煙経験のある人が新型コロナウイルスに感染すると、喫煙しない人より1.7倍も重症化しやすいというデータがあります(*1)」――。東京女子医科大学八千代医療センター呼吸器内科の教授、桂秀樹さんはこう語る。桂さんは、タバコに関連の深い肺の病気を診察してきた呼吸器内科の医師。下図の通り、新型コロナウイルスの感染者は、喫煙経験のある・なしによって重症化した割合に差があることが分かる。
喫煙経験者が新型コロナに感染すると、人工呼吸器を装着する、あるいは死亡するリスクが非喫煙者の3倍以上高いという報告もある(*1)。喫煙者が新型コロナウイルスへの感染を恐れるのはもっともなことなのだ。

では、若いころはタバコを吸っていたがずいぶん前に禁煙したという人は重症化のリスクが低いかというと、決してそうではない。上図のグラフの通り、右側は「喫煙経験がある人」であって、現在もタバコを吸っている人だけを示すものではない。過去に喫煙していて、今は禁煙した人も含む数字なのだ。
「タバコが肺に与えるダメージは、禁煙したからといってすべて回復するわけではありません。もちろん禁煙は、喫煙による肺の障害を進行させないためには重要ですが、一度ダメージを受けた肺は回復することはありません。実際、タバコを主原因とする肺の病気の場合、禁煙してから20~30年後に症状が出てくることもあります」(桂さん)
一方、喫煙しない人は、「タバコからくる病気とは無縁のはず」と思うかもしれない。しかし、身近な人が喫煙していれば、タバコから出る煙(副流煙)が肺に悪影響を及ぼすことがある。最近では禁煙対策として加熱式タバコや電子タバコに切り替える人もいるが、「新しいタイプのタバコであっても、周囲の人に害をもたらす可能性は否定できません」と桂さんは指摘する(新型タバコについては第3回で解説します)。
タバコを吸う人は当然ながら、すでに禁煙した人も、まったく吸わない人も、肺がダメージを受けている可能性がある。その状況で新型コロナウイルスのような感染症にかかれば重症化のリスクがあるというわけだ。
桂さんによると、肺は外界と通じている臓器のため、大気汚染の影響を受けたり、ウイルスや細菌に感染したりしやすいという特徴があり、誰にとっても感染症のリスクは人ごとではないという。本特集では、肺と感染症の間にどんな関係があり、喫煙する・しないにかかわらず知っておきたいタバコの健康被害とはどのようなものか、桂さんに詳しく聞いていこう。
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