全身の病気を映し出す「眼底検査」、受ける人が急減した理由とは?
第2回 眼底検査で眼の病気を早く見つければ、健康寿命は延びる
田中美香=医療ジャーナリスト
眼の健康を維持すれば、介護を遠ざけ、健康寿命を延ばすことも不可能ではない――。そんな、日ごろわれわれが見落としがちな眼の大切さについて解説する本特集。順天堂大学医学部眼科学教室先任准教授の平塚義宗さんによると、眼を守る上で重要な対策の1つが、「眼底検査」だという。今回は、眼底検査を受けるべき理由と、そのタイミングについて詳しく紹介していこう。
全身の血管の状態を映し出す「眼底検査」、だが受ける人は急減
骨折や転倒、認知症、脳卒中など、介護をもたらす原因となる病気やケガに、「眼」が深く関わっている。介護を予防して健康寿命を延ばすには、眼の健康を守る意識が必要不可欠である――。前回はこのような、眼と健康寿命の知られざる関係と、眼の健康を守ることの大切さについて解説した。
眼の健康を守るためには、眼の異常を早いうちに洗い出すことが欠かせない。眼の異常を早期に見つければ、失明を遠ざけたり、脳卒中など全身の病気のリスクを察知し、予防に努めたりすることができる。その具体的な手立てについて、順天堂大学医学部眼科先任准教授の平塚義宗さんは、以下の4つの対策を挙げる。その1つが、「眼底」の状態を調べることだ。
― 見えやすい眼を保ち、健康寿命を延ばす4カ条 ―
1.
「眼底」の検査を受ける
2.
自分の眼にしっかり合ったメガネ・コンタクトレンズを使う
3.
白内障と診断された人は、タイミングを逃さず手術を受ける
4.
社会全体で「眼の健康」に対する意識を高める
平塚さんによると、眼底は血管の状態を直接肉眼で見ることができる唯一の場所であり、全身の病気を映す鏡のような存在。その眼底の様子を観察する眼底検査は、本人すら気づいていない病気をあぶり出す、非常に優れた検査だという。
それほど有効な検査であるなら、さぞかし多くの人が眼底検査を受けているに違いないと思ってしまうが、現状は異なるようだ。
「糖尿病になると、合併症の1つとして、網膜に異常が現れることがあります(糖尿病網膜症)。糖尿病患者の15%が網膜症を併せ持っていて、それが原因で失明することも珍しくありません。糖尿病網膜症は、発症初期は症状が出ないので、糖尿病患者は、年1回の眼底検査で網膜の状態を調べる必要があります。ところが、OECD諸国の中で見ると、日本の糖尿病患者で眼底検査を受診している人の割合は、37%という最低レベルです(図1)」(平塚さん)

18~75歳の糖尿病患者のうち、眼底検査を受けた人の割合。(OECD: Health at a Glance 2007)
眼底検査の受診率が低いのは、糖尿病の患者だけではない。一般の人も同様だという。
そのきっかけとなったのが、2008年に始まった特定健康診査(特定健診)、いわゆるメタボ健診だ。メタボ健診が始まるまでは、自治体の基本健康診査(住民健診)で医師が必要だと判断すれば、眼底検査を受けることができた。ところが、メタボ健診の導入により、40~74歳の対象者のうち、血圧・血糖・脂質(コレステロールや中性脂肪)の数値と腹囲からなるメタボリックシンドロームのリスク条件を満たす人で、医師が必要と判断した場合だけ、眼底検査を受けるという流れに変更された(*1)。これを契機に、眼底検査を受ける人の数は激減してしまったのだ。
「その事実を示すのが図2です。見ての通り、メタボ健診の導入後、眼底検査を受ける人はかなり落ち込みました。これは一部の自治体のデータですが、他の地域でも、同じように減少していると思われます」(平塚さん)

眼底検査は、企業が行う健康診断の検査項目には通常含まれていない。人間ドックでは基本メニューに含まれることが多いが、人間ドックの受診者数は年間400万人弱(*2)にとどまるという報告もある。
「見えにくい状態は要介護のリスク要因であり、健康寿命を短くします。にもかかわらず、眼の病気を早期に発見する機会が大きく損なわれている現状に、大きな危機感を覚えています。メタボ健診などで眼底検査を受けられなくても、自ら眼底検査を受け、失明を招く眼の病気を早く見つける努力をしていただきたいのです」(平塚さん)
では、実際に眼底検査から、眼のどんな病気が分かるだろうか。具体的に聞いていこう。
*2 日本人間ドック学会の2016年度会員施設実態調査報告によると、2016年度に全国992施設で384万8183人が人間ドックを受診した。