老化を加速させ、万病の元になる「ゴースト血管」の脅威
第1回 毛細血管の老化は40代から始まり、みるみるゴースト化していく
田中美香=医療ジャーナリスト
強い血管を保つことは、健康維持や老化防止、そしてさまざまな病気のリスクを下げるうえで重要だ。そんな血管の中で今、「毛細血管」が注目されている。血管全体の95~99%を占める毛細血管が衰える「ゴースト血管」になると、脳や内臓に酸素や栄養が適切に渡らず、糖尿病や認知症などの怖い病気を招くリスクが高まることが近年の研究で明らかになってきた。本特集では、毛細血管のゴースト化がどう進み、その先に何が起こるのか、どうすれば毛細血管の若さを取り戻せるのかを探っていく。
劣化した毛細血管、「ゴースト血管」が老化を推し進める

「人は血管とともに老いる」という言葉が有名になり、多くの人が血管の健康に関心を抱くようになった。脳や心臓をはじめとした臓器、筋肉などに酸素や栄養を届ける血管が老いれば、肌などの見た目はもちろん、各臓器の機能も徐々に落ちていく。つまり全身の老化が進む。
そして、動脈が詰まれば心筋梗塞や脳梗塞を起こし、最悪の場合は突然死、あるいは命が助かっても長いリハビリを要する可能性がある。また、足などの静脈にできた血栓が血流に乗って肺動脈を塞げば、肺塞栓症で死に至ることになりかねない。血管の若さを保つことは、健康寿命を延ばすための必須事項なのだ。
では、どの血管が大切なのか。もちろんどれも大事なことは間違いないが、「全身に血液を送る動脈が大事なのではないか」「大動脈や頸動脈などの太い血管がやっぱり大事だろう」――などと漠然と考えている人が多いのではないだろうか。
もちろん、動脈も静脈も、そして太い血管も重要だが、そのほかにも忘れてはならない血管がある。それが毛細血管だ。
ここ数年、毛細血管が老化や病気に及ぼす影響が急速にクローズアップされるようになった。加齢や生活習慣などにより、毛細血管が傷んで機能しなくなる――「ゴースト血管」というキーワードを聞いたことがある人もいるだろう。
近年、ゴースト血管の重要性は専門家の間でも認識されるようになってきた。今年6月の日本抗加齢医学会総会でも「ゴースト血管」のセッションが設けられ、多くの医師が詰めかけた。テレビや雑誌などで取り上げられる機会も多く、血管の老化を語る上で、今まさにホットなキーワードの1つだ。
「毛細血管は、その名の通り毛のように細い血管で、太さは頭髪のわずか10分の1程度です。動脈や静脈のような大きな血管に比べると、微々たる存在だと思う人もいるかもしれません。しかし、毛細血管は体の血管の95~99%以上を占める、決して軽視できない血管です」
こう語るのは、愛媛大学医学部附属病院の抗加齢・予防医療センター長、伊賀瀬道也さんだ。伊賀瀬さんは、血圧・血管など循環器のエキスパートで、『見た目が20歳若返る! 血管健康法』(実業之日本社)、『血管力革命』(冬樹社)などの著書を手掛けてきた。加齢とともに毛細血管が老いるリスクを目の当たりにして、従来からの大血管を守るアプローチに加えて、毛細血管を守るアプローチが欠かせないという認識に至ったという。2018年には『「ゴースト血管」に効く! 1分かかと上げ下げ』(河出書房新社)を出版したほか、テレビでもゴースト血管のリスクを伝えている。
毛細血管の実態が明らかになったのはここ最近のことだと伊賀瀬さんは話す。「近年、指先から毛細血管の状態を見るスコープが開発され、毛細血管の状態や血流などを観察できるようになったのです」(伊賀瀬さん)
それまで医学の世界では、大切なのは命に直結する動脈などの太い血管で、毛細血管はただの末梢の血管ととらえる向きもあったという。「しかし、認知症と脳の血流の関係の研究が進む中で、毛細血管の働きが注目されるようになりました。今では、老化や病気予防の観点からも注目が集まっています」(伊賀瀬さん)
一目瞭然! 毛細血管が縮み、途切れている
読者の中には、「ゴースト血管」というキーワードが初耳の方、聞いたことはあるけれどよく分からない…という方も多いと思う。まずは、論より証拠、実際にゴースト化が起こっている血管と健康な血管を見比べてみよう。

「毛細血管は、体の隅々まで栄養分や酸素を運んでいます。特殊なスコープで見ると、写真左のように末端できれいなループを描いて折り返すのが分かります。ところが、毛細血管が傷むと写真右のように縮れて短くなり、鮮明に見えなくなります。これがゴースト血管です」(伊賀瀬さん)
毛細血管が傷んでゴースト血管になると、血液が流れにくくなり、栄養分や酸素を体中の臓器に適切に運ぶことができなくなる。「この状態が続けば、当然、体の各所で機能が損なわれ、さまざまな病気が引き起こされます。見た目の老化、免疫力の低下、さらには認知症のリスクを上げることも分かってきました」(伊賀瀬さん)
これは道路と家の関係に置き換えると分かりやすいだろう。大きな道路が順調に流れていても、自宅周辺の狭い道路が塞がったら、家には何も運び入れることができない(もしくは運び入れる量が減る)。家からはゴミも出せなくなり、日々の生活に困り、最終的には住むことが困難になってしまう。
「私たちは日々食べたものから栄養を摂取し、細胞の新陳代謝を繰り返しています。しかし、栄養を適切にとったとしても、細胞に栄養が届かなければ無意味です。薬の効果も同様で、せっかく使った薬の成分が体の隅々まで行き渡らないことも考えられます。ここに毛細血管の重要性があります」(伊賀瀬さん)
こう聞くと、毛細血管の老化を放置することがいかに怖いかがよく分かる。ゴースト血管はどんな仕組みで生じるのか、放置すると何が起こるのか、そしてその対策は? 本特集ではゴースト血管のリスクと対策を伊賀瀬さんに詳しく聞いていこう。
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