本当に認知症? 似て非なる「治る病気」なら天と地ほどの違い
第1回 認知症の診断は難しい! 似た症状の「認知症もどき」の可能性あり
伊藤和弘=ライター
長寿化とともに増え続ける「認知症」は、誰もが避けたい病気の1つ。現代の医学をもってしても、いったん発症した認知症を完治させる治療法は見つかっていない。認知機能が落ちてきたりすると「認知症の始まり」と思いがちだが、“似て非なる病気”の可能性があることをご存じだろうか。実は、これらの病気は「治療できる可能性がある」。この違いは極めて大きい。本特集では、認知症と間違われやすい病気とその見分け方などを、認知症予防・治療の第一人者・朝田隆さんに聞いていく。
実は「認知症ではなかった」ケースは珍しくない!

日本は世界で最も進んだ高齢化社会の1つで、世界有数の長寿国として知られている。そんな中、深刻な問題となっているのが認知症患者の増加だ。
認知症が進行すると日常生活に支障をきたすようになり、ついには慣れ親しんだ家族の顔さえ分からなくなってしまう――。将来、自分が認知症になることも恐ろしいが、親の発症を恐れている人も少なくないだろう。
厚生労働省によると2012年の時点で国内の認知症患者は約462万人。その数は年々右肩上がりで増え続け、2025年には700万人に達すると予想されている。高齢になるほど発症リスクは高まり、80代前半で2割、80代後半で4割、90代前半で6割と、80代以降になると加速度的に認知症の比率が高まっていく。

認知症になる一歩前の段階である「軽度認知障害(MCI=もの忘れは増えたが日常生活は自立して送れる状態)」まで含めると、65歳以上の3人に1人が該当すると推定されている。
このため、高齢者がボーッと放心したり、声をかけてもうまく会話が成り立たなかったり、もの忘れが増えたりすると、家族は「認知症では?」と思ってしまうのも無理はない。
しかし、認知症予防・治療の第一人者で、認知症関連の本も数多く手がける、メモリークリニックお茶の水理事長、筑波大学名誉教授の朝田隆さんは、「一見、認知症に見えても、実は認知症とは違う病気だった、ということが少なからずあります。ある病院で認知症と診断された方が、別の病院で検査したところ認知症でないことが分かったというケースも珍しくありません」と話す。
私たちは「認知機能が落ちてきた=認知症の始まり」とつい考えがちだが、認知機能を低下させる病気は認知症だけに限らないのだと朝田さんは話す。詳しくは後で解説するが、例えば、てんかん、うつ病、硬膜下血腫などでも認知機能は低下する。
これら「認知機能の低下があっても、認知症ではない病気や状態」を、朝田さんは一般の人にも分かりやすく「認知症もどき」(仮性認知症)と呼んでいる。
朝田さんはこれまで、認知症もどきの存在をテレビの健康番組などで紹介してきた。2019年1月には著書『その症状って、本当に認知症?』(法研)も出版している。しかし、現時点では、「その存在を認識している人はまだまだ少ない」と朝田さんは危惧する。
その存在を知っているかどうかが、大きな分かれ目に
朝田さんが警鐘を鳴らすのには訳がある。“認知症もどき”の存在を知っているかどうかが、その後の人生の大きな分かれ目になることがあるからだ。

アルツハイマー病に代表される認知症は「一度発症したら治らない」と思っている人は多いだろう。
実際、現時点で、認知症を完治させる治療法はない。認知症治療で使われている薬は進行を遅らせるものだけで、いわば対症療法にすぎない。後述するように、前段階のMCIであれば通常の状態に戻れる可能性があるものの、いったん発症した認知症は基本的に治らない。2019年現在、認知症は“不治の病”なのだ。
「現時点では認知症の有効な治療法は確立されていません。そして進行性なので病状はゆっくり進行していきます。ですから『認知症です』と診断されると、進行を遅らせる方法や、介護について検討する方向に向かう方も少なくありません」(朝田さん)
一方、認知症もどきの場合は事情が異なる。「認知症に間違われやすい病気の代表である、てんかんやうつ病などはトリータブル(treatable)、つまり正しい対処をとれば症状が改善する可能性があります。硬膜下血腫も手術で治せます。つまり、『認知症もどきであれば治療できる可能性がある』、これが認知症との最大の違いです」と朝田さんは説明する。
確かに、認知症が「打つ手なし」なのに対して、認知症もどきが「治療できる可能性がある」のでは、「天と地ほどの差」だ。