最新研究が導き出した最高の睡眠とは――睡眠の“常識”は誤解だらけ
第1回 ここ20年で睡眠研究が大きく進化、「睡眠の常識」が変わった!
伊藤和弘=ライター
「毎日8時間眠るべき」「短くても深い睡眠を取ればいい」「眠れなくても横になっていれば休まる」「バタンキューは健康の証拠」――。多くの人が悩む睡眠には様々な“常識”がある。ところが、これらはすべて“誤解”、間違った過去の知識だ。
睡眠を改善し、より快適に眠るためには、古い常識を捨てて、科学的根拠がある方法にシフトする必要がある。本特集では睡眠研究のエキスパート・秋田大学大学院教授の三島和夫さんに、最新の研究から明らかになった“睡眠の新常識”を聞いていく。

睡眠に関する悩みは尽きない。
仕事や子育てなどで忙しく「十分な睡眠時間が取れない人」は、「短くても深くて質のいい眠り」を取る方法はないものかと願う。
中高年齢層になると、今度は「眠れない」ことに悩む人が増えてくる。寝つきが悪くなり、朝までに何回も目が覚め、いったん目が覚めると再び眠るのが難しくなる。毎日8時間は眠りたいのに、どうしても長時間眠れず、日が昇る前に目が覚めてしまう――。「若い頃の睡眠を取り戻せないものか」と願う人は少なくないだろう。
睡眠は誰もが気になる情報なだけに、多種多様な情報がメディアやネットを飛び交っている。しかし、その情報の中には「一見正しそうだけど間違った情報」も多く含まれる。また、子どもの頃に教わった古い常識がそのままになっているケースも少なくない。
例えば、「理想は8時間睡眠」「睡眠時間は短くても深い睡眠を取れればいい」「体内時計は25時間」「午後10時~午前2時は成長ホルモンが出るゴールデンタイム」「眠れなくても、布団の中で横になっていれば体は休まる」「バタンキューは健康の証拠」――といった話は誰もが聞いたことがあるのではないだろうか。

「これまでなんとなく信じられていた『睡眠の常識』には、誤りが多くあることが最近になって分かってきました。例えば、8時間睡眠が理想という話を聞いたことがある人も多いと思いますが、科学的な根拠はありません」と話すのは、秋田大学大学院 医学系研究科 精神科学講座教授の三島和夫さんだ。
三島さんは、日本の睡眠研究をリードする国立精神・神経医療研究センター部長などを歴任し、日本睡眠学会理事も務める睡眠研究のエキスパート。『睡眠と覚醒 最強の習慣』(青春出版社)、『やってはいけない眠り方』(青春出版社)など睡眠に関する著書も多く手がける。
三島さんは、一般の人向けの講演などに登壇する機会も多いが、その際、睡眠について「間違った常識を持つ人が多くいる」ことを実感するという。
多くの人が願う「短時間で深くて質のよい睡眠」も存在しない。「過去50年以上にわたって、世界中の睡眠研究者が短時間睡眠法を研究しましたが、すべて失敗しています」(三島さん)
ベッドに入るとたちまち意識を失う、いわゆる「バタンキュー」は、不眠症の反対なので健康的なイメージがあるが、これも睡眠に関する誤解の1つだと話す。三島さんによるとバタンキューは「睡眠不足の証拠」で、決してほめられたことではないという。
ここ20年で睡眠研究が劇的に進化、常識が変わった

私たちの常識が、現在においては否定されるケースが少なからずあるのには理由がある。それは、睡眠の研究がここ20年ほどの間に大きく進んだからだ。
「睡眠の研究はこの20年ほどの間で格段に進歩しました。ハーバード大学から、体内時計の1日の周期が約24時間11分(対象は欧米系アメリカ人)だという報告が出たのは1999年、わずか20年前のことです。また、覚醒状態を維持する『オレキシン』というホルモンが発見されたのは1998年のことです。これらの研究をはじめとして、近年の睡眠学では、睡眠・覚醒を司る脳の部位と体内時計メカニズムを分子レベルで解明できるようになりました」(三島さん)
眠れないときの対処法についても、「私が医者になったばかりの頃は、『眠れなければ静かに横になって眠気が来るのを待てばいい。横になれば体は休まる』と患者さんに説明するのが常識で、医師向けの教科書にも載っていました。しかし、現在の治療書では『言ってはいけないリスト』の一番目に挙げられています」(三島さん)(※詳しくは第2回で解説します)
残念ながら、私たちの多くは過去に身に付けた常識に縛られている。この常識をアップデートして、正しい知識を身に付け、“科学的に裏付けられた”正しい眠り方を実践したいものだ。
そこで本特集では、最新の研究から解明された“眠りの新常識”について解説していく。上述のように、多くの人が今なお誤解していることが睡眠の世界には今なおたくさんある。睡眠時間や睡眠のメカニズムを正しく理解することで、快眠を導く方法や逆にやってはいけないことも見えてくる。特集の第1回となる今回は、私たちの睡眠の改善に深く関わる新常識を紹介しよう。いずれも科学的に裏付けのある睡眠の取り方の根拠になるものだ。次回以降はこの知識を踏まえた、実践的な睡眠法を解説していく。