「胃酸の逆流が続くと食道がんに?」増える逆流性食道炎の対処法
第3回 減る胃潰瘍、増える逆流性食道炎…背景にはピロリ菌
田中美香=医療ジャーナリスト
中高年を悩ませる胃の不調の原因と対策を解説してきた本特集。検査で異常が見つからない「機能性ディスペプシア」を取り上げた第2回に引き続き、今回は、胃の内容物が食道へ「逆流」する病気を取り上げる。近年、胃酸の逆流による胸やけなどに悩む人が増加しているが、その背景には、加齢だけでなく、ピロリ菌も深く関わっているという。逆流が起こる仕組みや治療、そして胃の不調を軽減するセルフケアのポイントについて紹介していこう。
胃がんが減りつつある今、逆流性食道炎は増えている
近年、日本人に「逆流性食道炎」が増えている。逆流性食道炎とは、文字通り、胃の内容物が食道方向へと逆流し、食道が炎症を起こす病気だ。代表的な症状として、「胸やけ」や「ゲップ」、喉や口の中が酸っぱいと感じる「呑酸(どんさん)」、「胃痛」などがある。読者の方々の中にも、こうした不快な症状を経験したことのある人は多いのではないだろうか。

逆流性食道炎は、前回紹介した「機能性ディスペプシア」とともに、食欲の減退や精神的ストレスを招いて生活の質を下げる、悩ましい病気の1つだ。逆流した内容物が誤って気管に入ると、高齢者などで誤嚥性肺炎を引き起こすこともある。また、実態は不明なものの、逆流を繰り返しているうちに食道の粘膜の一部が胃の組織に置き換わると、そこから食道がんが発生するリスクがあることも指摘されている(バレット食道、詳しくは後述)。
逆流性食道炎はもともと欧米人に多い病気だったが、近年、日本人に増えているという。その背景には、食生活の欧米化が関係すると言われるが、それだけではない。逆流性食道炎が増えている背景を語る上で欠かせないのが、ヘリコバクター・ピロリ(以下、ピロリ菌)の存在だ。
ピロリ菌は胃の粘膜にすみ着く細菌で、衛生状態が良くなかった時代に幼少期を過ごした高齢の人ほど感染率が高い。主な感染源は水で、口移しで乳児に食べさせる習慣も相まって感染が広がってきた。ピロリ菌が胃にすみ着くと、ピロリ菌が産生するアンモニアや活性酸素などによって胃粘膜が荒れて萎縮し、慢性的な胃炎を起こす(*1)。さらに、そこから胃潰瘍や胃がんも招いてしまう。
だが、かつて日本に6000万人以上もいた感染者は、約3500万人にまで減り、それに伴って胃がんの罹患率も死亡者数も減少している。若い世代が感染しなくなったことに加えて、ピロリ菌の除菌治療が急速に進んだことが影響していると見られている。もちろん、胃がんの早期発見・早期治療が進んだことも、胃がん死亡者数減少の一因だろう。
この傾向は、胃潰瘍(十二指腸潰瘍含む)についても同様だ。ピロリ菌の感染者が減り、胃がんによる死亡者数だけでなく、胃潰瘍の患者も大きく減りつつある。そして今、代わって増えているのが逆流性食道炎だという(図1)。逆流性食道炎とピロリ菌の間にどのような関係があるのだろうか。
「ピロリ菌の除菌治療を受ければ、胃がんや胃潰瘍のリスクを遠ざけることができます。ところが、除菌によって胃粘膜の炎症が止まることで、かえって別の病気にかかるリスクも出てきます。その1つが逆流性食道炎です」。国立国際医療研究センター消化器内科診療科長の秋山純一さんはそう語る。