「転倒」は体の衰えを示す“命の黄色信号”
第1回 「転倒」⇒「骨折」⇒「寝たきり」の恐怖のコースを避けるには
柳本 操=ライター
寝たきりになる原因として恐れられている「転倒」。「転倒をきっかけとして骨折し、そのまま寝たきりに…」という恐怖のコースはマスコミなどを通じて知られるようになってきたが、「自分はまだ大丈夫」と軽く見ていないだろうか。実は、加齢や運動不足によって、「転倒リスク」は50代、60代ごろから確実に高まっていく。本特集では、転倒予防のエキスパートに転倒リスクを下げる生活習慣などを聞いていく。
「寝たきり」にならないために注意したい「転倒リスク」

人生100年時代と声高に言われるようになり、“老後”や“第2の人生”などと呼ばれる期間が長くなっているのは周知の通りだ。この長い期間を、「寝たきり」にならず、いつまでもアクティブに歩けるように健康を維持したい――。これは誰にとっても共通の願いだろう。
寝たきりになる原因は、「認知症」をはじめとしてさまざまあるが、忘れてはならないのが「転倒」(転ぶこと)だ。
転倒は「介護が必要となる事態」にダイレクトにつながる。そう、マスコミなどでも頻繁に取り上げられる、「転倒をきっかけにして骨折し、寝たきりに…」という恐怖のコースだ。
もちろん、身体能力が年齢とともに落ちることは避けられない。若い頃には転ぶことなど稀(まれ)だったのに、50歳、60歳と歳をとるにつれ、ちょっとした段差などに足をとられ、転ぶケースが増えてくる。このまま歳を重ねると「転倒リスク」は徐々に増えていき、いずれ「転倒」から「骨折」を起こし、最終的に「寝たきり」という恐怖のコースに入ってしまうのでは…と心配している人は少なくないだろう。

実際、厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、寝たきりなどの介護が必要になった主な原因の中で、「骨折・転倒」は12.5%を占めるまでになっている。これは、「認知症」「脳血管疾患」「高齢による衰弱」に次ぐ4番目に多い原因で、事故によるものでは最も多い原因になっている。
とはいえ、「自分はまだ大丈夫」、あるいは「転ばないように気をつければ大丈夫」と軽く見ている人が多いのではないだろうか。だが転倒を侮ってはいけない。東京健康リハビリテーション総合研究所所長の武藤芳照さんは、「転倒は命の黄色信号」なのだと話す。
武藤さんは東京厚生年金病院整形外科医長、東京大学教育学部長、同大学副学長などを歴任し、現在、日本転倒予防学会理事長も務める転倒予防のエキスパート。『転倒予防』(岩波新書)や『いくつになっても「転ばない」5つの習慣』(青春出版社)など転倒予防に関わる著書も数多く手がけている。
「若くて元気で健康なときには転倒することは少ないものです。しかし、歳をとったり、病気にかかったり、運動不足状態になったりすれば転倒しやすくなります。つまり転倒は、体の機能が衰え、弱っていることを表しているのです。そして転倒がその後の人生を大きく左右することも多くあります。転倒の持つ意味は実に重く大きいのです」(武藤さん)
筋力やとっさの事態に対応する反応スピードなどの運動機能は加齢とともに徐々に衰えていく。そして転倒リスクも確実に高まっていく。転びやすくなったなと感じる「黄色信号」の段階で、適切な手を打たないと、将来、前述したような「恐怖のコース」を進むことになりかねない。
「中には、転倒というと高齢者の問題で、働き盛りの世代には関係ないと思われている人もいるでしょう。しかし、誰もが着実に老いへの道を歩んでいるのです。とはいえ、恐れてばかりでは仕方ありません。“転ばないための習慣”を若いうちから実践していけば、将来の転倒リスクを下げることができます」(武藤さん)
転倒は、加齢や足腰の衰えだけで起こるのではなく、薬や病気による影響、そして道路や床がすべりやすくなっているなどの「外的要因」も複雑に絡み合う。転倒対策は、筋肉などを維持するための運動習慣を実践するのはもちろん、外的要因による転倒リスクを下げることも含めた総合的な対策が必要になる。
そこで本特集では、転倒リスクについて正しく把握するとともに、転倒リスクを下げるために実践すべき運動や食生活、そして転倒や骨折の原因となる「すべる」「つまずく」といった事故を予防する方法を武藤さんに聞いていく。第1回は、転倒の最新事情と、転倒が及ぼす影響などを解説していこう。