「年のせい」の不調はテストステロン不足にあった
前立腺がん(第5回)
近藤慎太郎=医師兼マンガ家
テストステロンの減少による、いわば男性版の更年期障害は、LOH症候群(lateonset hypogonadism syndrome)と呼ばれています。その症状には前述したものも含めて、次のようなものがあります。
- 性欲低下、ED
- 知的活動、認知力の低下
- うつ
- 睡眠障害
- 筋肉の減少
- 内臓脂肪の増加
- 体毛と皮膚の変化
- 骨密度の低下、骨粗鬆症、骨折のリスク増加
- 虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)
ここで大事な注意点があります。肥満やうつは、テストステロン減少の原因にもなるし、結果にもなっています。つまり肥満になれば、テストステロンが減少してさらに肥満を悪化させ、うつになれば、テストステロンが減少してさらにうつを悪化させるという、「負のスパイラル」が起こるのです。
それとは反対に、適切な運動によって全身の筋肉量が増えれば、テストステロンの産生量が増え、筋肉の維持、脂肪の減少といった「正のスパイラル」になっていきます。
LOH症候群の患者にテストステロンを投与すると、先ほど挙げたような症状が全般的に改善される可能性があります。特にEDやうつ、認知機能については効果があるという報告が多数あります。
ただし、テストステロンもむやみに投与すればいいというわけではありません。テストステロンは前立腺がんや前立腺肥大、睡眠時無呼吸を悪化させる可能性があるので、それらの病気がある人には投与はできません。また65歳以上の場合、投与によってむしろ虚血性心疾患のリスクを上げてしまったという報告があります。
テストステロン投与で虚血性心疾患のリスクが上がる?
テストステロンには血管を拡張したり、動脈硬化を抑制したりする作用があります。またテストステロンの減少によって虚血性心疾患のリスクが上がります。それを考慮すると、この報告の結果は、一見矛盾するようです。
それについては、次のように説明できます。テストステロンは赤血球の数を増やす作用もあります。これによって全身に運搬される酸素量が増えるので、運動能力が上昇するというメリットがあります(スポーツ選手の高地トレーニングと同様の効果です)。
その反面、血液が濃くなるので、細い血管が詰まりやすくなってしまうのです。40~50代で動脈硬化が進んでいなければ、テストステロンによって赤血球の数が多少増えても問題にはなりません。
けれど報告にある通り、65歳以上などの人で、加齢によって動脈硬化が進んでいれば、テストステロンの良い作用が出る前に、増えた赤血球で血管が詰まってしまう可能性も出てくるのでしょう。もしあなたがLOH症候群でテストステロンの投与を検討しているのであれば、事前に心臓の評価をきちんと行っておくことが重要です。
また現段階では、テストステロンの減少によって起きる症状が、テストステロンを補充することで、どこまで改善するかは未知数です。保険適用でもないので、継続的な出費が必要になるという点もマイナス点です。
テストステロンの研究は端緒についたばかり。人為的にテストステロンを補充するのは最終手段として、まずは運動などのアクティブな活動を通じて、生理的な範囲内でのテストステロン値をキープしていくことが安全でしょう。
それでも、今まで漠然と「歳のせい」と片づけられていたいくつもの症状が、テストステロンという一つの切り口によって、定量的に解明されつつあるのは非常に好ましいことです。
それによって寝たきりや認知症のリスクが減れば、健康寿命の増進に寄与します。介護人口の増加が危惧される日本においては、一つの光明にもなり得るでしょう。今後の知見の集積に期待したいと思います。
この記事は、日経BP社の『医者がマンガで教える 日本一まっとうながん検診の受け方、使い方』(近藤慎太郎著、312ページ、税込1512円)からの転載です。
『ED診療ガイドライン』
Men’s’ Health2016
加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群)診療の手引き
Basaria S1, et al. Adverse events associated with testosterone administration. N Engl J Med. 2010;363:109-22.
医師兼マンガ家 日赤医療センター、亀田総合病院、クリントエグゼクリニックなどで勤務
