近年の研究から、認知症リスクは生活習慣によって大きく変わることが分かってきた。中でも重要なのが食生活だ。米国の最新食事法をきちんと実践した人は、認知症の発症リスクが最大53%低かったという驚きの結果も出ている。では、具体的にどのような食生活にすればいいのだろうか。今回のテーマ別特集では、最新研究に基づいた「認知症を遠ざける食事」のポイントを紹介しよう。
テーマ別特集「認知症のリスクを下げる食事のポイント」
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人生100年時代を迎えつつある現在、最もかかりたくない病気として「認知症」を挙げる人は多いだろう。
認知症の発症率は年齢を重ねるほど高まる。80歳を超えると20%、85歳を超えると実に40%もの人が認知症になるという。平均寿命が延びれば、それだけ認知症も増える。厚生労働省の発表によると、2012年の時点で国内の認知症患者は約462万人だったが、その数は年々増えており、2025年には700万人に達すると推定されている。

漠然とした不安を感じている人は少なくないと思うが、私たちは何ができるのだろうか。
一般に、認知症を遠ざけるためにやるべきことというと、脳トレなどの知的活動、交友関係を広げコミュニケーションを活発にすること、そして運動などにより体を動かすことなどを思い浮かべる人が多いだろう。
もちろん、これらの対策も大切だが、忘れてはならないのが食生活だ。食生活と認知症リスクとは密接な関係にあり、食生活次第で認知症のリスクが下がることが、さまざまな研究から明らかになっている。
認知症と循環器病のエキスパートで、食事や薬による認知症治療に取り組んでいる国立循環器病研究センター(大阪府吹田市)脳神経内科部長の猪原匡史さんは、「認知症予防のために改善すべき生活習慣には、運動、睡眠、喫煙などさまざまな要因がありますが、効果が最も大きいと考えられるのは食事です」と話す。
そこで、今回のテーマ別特集では、最新研究に基づいた「認知症を遠ざける食事」のポイントを紹介しよう。
認知症のリスクを下げるには、生活習慣の改善が大事
まずは、認知症について正しく理解するところから始めよう。ご存じの方も多いと思うが、認知症といってもいくつか種類があり、その原因も異なる。
最も多いのが脳の中にアミロイドβ(ベータ)という老廃物がたまって神経細胞が減っていく「アルツハイマー病」、次に多いのは脳卒中(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血)が原因で起こる「脳血管性認知症」だ。ほかに「レビー小体型認知症」や「前頭側頭葉変性症」などもあるがいずれも少数で、アルツハイマー病と脳血管性認知症だけで全体の8割以上を占めている。多数を占めるため、一般に認知症というとアルツハイマー病が注目されることが多いが、猪原さんは「65歳以下の認知症で最も多いのは脳血管性認知症です」と指摘する。

アルツハイマー病と脳血管性認知症の両方を発症するケースも多い。「実際、米国のアルツハイマー病センター(National Alzheimer's Coordinating Center)の5715例の脳を解析した研究によると、80歳以上のアルツハイマー病の約8割は脳卒中や何らかの脳血管の病変を伴っていたという報告が出ています」(猪原さん)
さらに、678人の修道女(ナン)が協力している有名なアルツハイマー病研究「ナン・スタディ」から、アルツハイマー病による病変に、脳卒中が加わることで、認知症の症状の顕性化(症状が実際に出ること)が大幅に高まることが分かっている。
「アルツハイマー病の病変(アミロイドβなどが蓄積したアミロイド斑(老人斑))は、個人差はあれ加齢とともに誰にでも生じます。残念ながら避けられません。しかし、中等度のアルツハイマー病の変化が見られたシスターの中でも、まったく認知症が見られなかった方がたくさんいたのです。つまり、脳卒中の変化が加わることで認知症の症状が出やすくなる。ナン・スタディでは、脳卒中の有無により、認知症の顕性化の比率は約20倍も変わってくると報告しています」(猪原さん)
かつてアルツハイマー病は血管の病気とは関係ないと思われていたが、実は、アルツハイマー病の変化があっても、脳卒中がなければ認知症を発症しにくい可能性があるのだ。
また、多くの疫学調査から定期的な運動、知的な趣味などの生活習慣にアルツハイマー病の予防効果があることが分かっている。猪原さんは、「知的活動や運動などがアルツハイマー病にいいといわれますが、これらは脳の血流を良くすることが共通しています」と指摘する。
血管の老化を進め、脳卒中の原因となるのは、動脈硬化だ。となると、動脈硬化を引き起こす生活習慣病を防げば、脳血管性認知症だけでなく、アルツハイマー病の予防にもつながる。
「これまでは、アルツハイマー病と脳血管性認知症は、治療法が異なるといわれていました。しかし、近年の研究により、動脈硬化(とその結果として生じる循環器病)がアルツハイマー病にも関わることが明らかになってきました。つまり、認知症の原因の多くを占める2つの疾患は、いずれも生活習慣を改善することで予防できることが分かってきたのです。そして生活習慣の改善は、“私たちが自ら介入できる”(実践できる)要素であることも重要なポイントです」(猪原さん)