2015年1月、米国のオバマ前大統領が国家戦略の柱の一つとして推進を表明した「プレシジョン・メディシン」。日本語では「精密医療」と訳されることもある。ごく簡単に説明すると、患者の遺伝子を網羅的に調べることで、個人ごとに最適な治療法を分析し、それを施すというものだ。特定の新治療を示す言葉ではなく、さまざまな病気の治療に応用できる「概念」だが、期待が大きいのは、なんといってもがん治療の分野だ。
アステラス製薬開発本部プロジェクト推進部で、白血病などの「血液がん」に対する治療薬開発のプロジェクトリーダーである金子正人氏は「1990年代以降、がん細胞ががん化する原因となる『遺伝子変異』が次々と見つかってきました。そこで、その遺伝子がコードする蛋白をターゲットとする薬(分子標的薬)を研究・開発することで、正常な細胞を傷つけずにがん細胞だけに作用する、つまり、より有効性が高く副作用が少ない『精密な医療』が実施できるようになったのです」と話す。

「網羅的な遺伝子解析」が手軽にできる時代が到来
プレシジョン・メディシン登場の背景にあるのは、遺伝子解析技術の進歩だ。正常細胞をがん化する遺伝子の傷(変異)は、多くのがん患者に共通するものがある一方、まれな変異もある。一人が複数の遺伝子変異を持つことも珍しくない。治療を進める中で新たな変異が出てくることもある。
こうした複雑な遺伝子変異を網羅的に解析することを可能にしたのが2000年半ばに米国で登場した次世代シーケンサーで、より低コスト、短時間の遺伝子解析を実現した。例えば、がん治療のための遺伝子解析というと、従来は数項目の遺伝子を調べるものだったが、いま日本のプレシジョン・メディシンを実施している研究機関では、一度に200を超える遺伝子を網羅的に調べているところもある。
一度の血液検査で、がんの発症や悪化に関わる遺伝子をすべてチェック。最適の治療法を教えてくれる―。一昔前まではサイエンス・フィクションの世界の出来事だったが、それがいま、まさに現実の医療となりつつあるのだ。
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