日経グッデイ

ささいなことで怒らない「寛容力」のコツ

「暴走老人」予備軍にならないために、できること

「自分が正しい」にこだわりすぎない心の柔らかさを――『寛容力のコツ』の著者に聞く(第2回)

 柳本操=ライター

 ささいなことに腹を立てず、ちょっとした言葉に傷つかない人になりたい。そう思っても、このストレス社会では不可能なのではないか、と思う読者も多いかもしれない。『寛容力のコツ』の著者である心理カウンセラーの下園壮太さんは、「寛容でありたいと思う人は、誰かにイラッとするたびに相手を責め、同時にどこかで自分を責めている」と言う。
 また、「怒り」の感情は非常に勢いが強く、理性で抑え込むのは難しいものと解説する。はたしてコントロールできるのか。下園さんに聞いた。

怒りは簡単には制御できない

「もっと寛容にならないとなぁ」と思うのは、誰かにイラッとしたり、その怒りをずっと持ち続けてたびたび思い出してしまったり、というときだと思います。怒りを収めようとしても「だって、相手が悪いのに」という思いがあると、怒りのコントロールは難しいと感じます。

下園さん そのメカニズムは、怒りという感情の特性と関係しています。怒りについてお話しする前に、そもそもの「感情」について説明させてください。感情は、人間をある「行動」へと向かわせます(表)。

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下園壮太 さん。『寛容力のコツ』の著者。心理カウンセラー。
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新著『寛容力のコツ』にも「感情は基本的に“心配性で、お騒がせ屋”」という表現がありました。一見ネガティブで不要に思えるような感情も、すべてその人をある行動に仕向けるという目的を持っていて、全ての感情は自らの命を守るために存在する、と。

下園さん そうなのです。ただ、問題は、「感情は人の心と体を乗っ取るほど勢いが強い」ということ。私は「怒り」の感情が最も頑固で勢いが強いと思っています。怒りの感情は、その感情の持ち主の命を全力で守ろうとしますから、怒りは瞬間湯沸かし器のように瞬時に沸騰し、心拍数や血圧を上昇させ、筋肉の緊張も高め、敵と戦うための態勢を必死で整えるのです。だから、怒りを理性で抑えるのは、誰にとっても至難の業です。寛容力のなさに悩むのは当たり前のことなのだ、と認めることもまずは大切です。

怒りにとらわれることは人生の主導権を明け渡すこと

「被害者意識が強い人ほど怒りっぽい」という指摘も、意外でした。怒っている人は、むしろ、誰かに嫌な思いをさせるという点で、加害者なのでは、と思っていたのですが。

下園さん 身に覚えがありませんか。イライラしているときというのは、決まって、「なんで私だけがこんな目に遭わなくちゃいけないの?」「こんなに頑張っているのに!」「自分ばかりが損してない?」という思いが心に渦巻いています。これは、原始人的に考えるとご理解いただけるはずです。

 原始人にとって、自分が頑張った労働への成果(食糧の分け前)が期待外れに少ないことや、自分だけが疲労してエネルギーがなくなること(戦闘力の低下)は憂うべきこと。なぜなら命の危機に直結するからです。

 だから、人は自分ばかりが損をしたり、苦労をしたりしていないかにとても敏感です。一生懸命手間と時間を費やして取り組んだ仕事を「あ、どうも」の一言ですまされた、しかも、その手柄を横取りされた、などという事態のときには、被害者意識がマックスになるのです。

なるほど、よく分かります(笑)。冷静になろうとしても、イライラしてしまいますね。

『寛容力のコツ』(三笠書房)

下園さん 一方、相手がミスを犯したまま、休暇に入ってしまった、にっちもさっちもいかなくなった事態の収拾を一方的に押しつけられた、というときもイライラしますよね。しかし、ここで冷静に考えることが大切。「どうして自分がやらなきゃいけないのか」と思い、相手が休暇から戻ってくるまでの1週間、何もせずに過ごすとしたら、相手が行動するまで、ずっとずっと、イライラは続くわけです。その間、あなた自身はどんどんエネルギーを消耗します。怒りは、エネルギーを非常に食う感情でもあるからです。

 でも、そうやって相手の出方を待ちながらイライラすることは、「自分が幸せになる権利を相手に依存する」ことでもあるといえます。だから私は、「怒りは自分で抑えないと損である。自分が主導権を持ち、自分で怒りを抑えることによって問題を解決する」というスタンスこそが寛容力を高めていく秘訣だと思うのです。

寛容力低下は「暴走老人」予備軍

よく分かります。ただし、「まず自分から折れる」というのがどうにも難しいことがあります。特に経験を重ねてある程度プライドがあるような人はその傾向が強そうです。

下園さん そうなんですよね。キャリアを積み重ね、年齢も重ねるとまさに「引く」のが難しくなる。私自身も相当、気をつけないといけないと思っています。寛容力が低くなる背景には、いくつかの要素があります。

 一つ目は「自分が正しい」という価値観が強すぎて、相手の価値観を認める柔軟性が失われること。異なる価値観を持つ相手と上手にコミュニケーションし、価値観をすりあわせるのはまさに経験を積み重ねた結果のスキルです。このスキルを鍛えながら年齢を重ねてきた人は、年を取るほど柔軟に、丸くなります。

下園さん 二つ目は、エネルギーの低下。年を取るほど頑固になる人の多くは、体力、感情コントロール力を含めた「エネルギー」が低下することによって、頑なになるのです。誰かと折り合ったり、自分の考える正義を引っ込めたりするのにも、エネルギーが必要です。だから人は、年を取り、エネルギーが低下すると、変わりたくなくなるのです。ましてや、「俺の言うとおりにしろ、いちいちディスカッションする必要などない」というやり方で成功してきた人は、そのやり方にそれなりの自信を持っているので、変わりにくい。

 三つ目が、上下関係のこだわり。怒りが湧くと、原始人的感覚で「俺の方が立場が上だ」という、いわゆるサル山のような上下関係へのこだわりが強くなります。怒りの感情は、上下関係や勝ち負けを決めたがるのも特徴。ですから、よほど精神的に鍛錬をした人でないと、部下の言うことをそのままのみ込むのは「負け」だと感じてしまう。

 このような理由から、シニア世代になるにしたがって、寛容力は低下リスクにさらされるのです。ずっと同じ価値観で成功してきた人ほど、これから老後に向けて、感情のコントロールの仕方を工夫していこうと自覚する必要があるでしょう。リタイア後に、これまで自分についてきてくれた人がいなくなると、自信がなくなります。すると、人への警戒心が高まり、うっすらと周囲からばかにされているような気がしてしまう。コンビニや病院で大声を上げて相手を威圧する「暴走老人」のほとんどは、このタイプです。

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トラブル時こそ価値観の洗い直しのチャンス

これまで、自分の正義感で突っ走ってきたり、頑固にやってきたりしたという自覚がある人は、どうすれば寛容力を高めていけるのでしょうか。例えば、「価値観」をゆるめるのは難しそうですが、どうすればいいでしょうか?

下園さん 価値観というものは空気と同じで、普段はあまりにも自分にとって当然すぎて、気づかないものです。「自分はこれが正しいと思い込んでいる」という価値観に気づくチャンスはいつかというと、誰かとトラブったときです。相手の価値観はきっとこうなんだろう、でも自分はここが信念だと思っている、というふうに、とことん考えてすりあわせてみると、「そこまで必死でこだわることでもなかったな」と思えることはたくさんあるはずです。本書で紹介している「7つの視点」のように、自分視点、相手視点、第三者視点というふうに視点をあちこちに飛ばしてみるのも有効です。

 一方、若い世代は、ネットにすぐに答えを見つけようとせず、現場の先輩や上司と話をして価値観を広げていくことが大切です。それを中年以降になっても謙虚に続けていける人は、寛容力を高めることができ、周囲からの信頼も得ることができるでしょう。

現場の人と話をする、というお話が出ましたが、やはり直接話をするほうが収穫は大きいのでしょうか。

下園さん 今、コミュニケーション能力の中でも「話を聞く技術」が明らかに低下していると感じます。ディスカッションすることよりも、文字やスタンプだけの簡単なやりとり、あるいは動画のやりとりでコミュニケーションする手軽さが受けている。でも、人間って、それだけでは不十分なのです。私も、メールのやりとりだけでカウンセリングすることは不可能ではないのですが、それをやらないのは、「目の前にいる人に向かって自分の考えを言葉にする」というプロセスの中で、人は自分の信じている価値観や本音を表すことができるのだと思っているからです。

 相手の言葉に対してこちらが言葉を投げかけ、少しずつ気持ちを交わし、考え方、物事の受け止め方を変えていくというプロセスを、カウンセリングでは大切にしています。人と話をすることで自分の思い込みに気づくことも多い。確かに時間がかかるし、面倒ですよ。しかし、収穫は大きい。話すことによる変化を身をもって体験することで、人に対する、一種の“対人恐怖傾向”が和らいでいくのです。

繰り返し話すことで、濃厚な人間関係にも対処できる

カウンセリングに限らず、「互いに面と向かって話す」というプロセスを日常でも丁寧に行うことによって、寛容力も高めていけそうです。

下園さん そうなんです。これを心理学では「単純接触効果」といいます。繰り返し接触をするという経験の回数を重ねることで、人は相手への警戒心を落としていきます。今、若者がどんどん職を変えていく風潮に私は少し危機感を覚えています。少し経験しただけで「この会社はダメだ」「社会はひどい」と結論を出してしまう。3年、5年と勤務して初めて、いいところ、悪いところが分かるのに、最初に「緊張した、嫌なことがあった」という理由で簡単に辞めてしまう。これでは、社会に対しても他人に対しても、ネガティブな印象だけを積み上げていってしまいます。

少しは踏ん張るべき、しかし、無理をしてはいけない、というバランスが難しいですね。

下園さん 今まで私はずっと「無理をするな、休め」というメッセージを発信し続けてきました。しかし、今は、特に若者に対しては「ちょい、頑張れ」と言うようにしています。一度会って、相性が合わなければ二度と会わない、ということが容易にできる社会ではあります。しかし、ずっとその生活をするならいいのですが、人間は会社に入ったり、結婚したり、子どもを育てたり、と、濃厚で密接な関係を築くときがやってくるもの。そのときに、自分にとって都合のいい距離感だけで過ごしてきた人は、その濃厚な関係を前にして「人は怖い」「人はわずらわしい」というネガティブな印象を強く持ってしまいがち。だからこそ、直接対話し、価値観をすりあわせるという一種の「修行」が必要なのです。

         ◇        ◇        ◇

 最終回の次回は、寛容力が低くなる要因として侮れない「疲れ」とその対策について聞いていく。

(インタビュー写真:菊池くらげ)

下園壮太さん
心理カウンセラー、MR(メンタルレスキュー)協会理事長、同シニアインストラクター
下園壮太さん 1959年、鹿児島県生まれ。防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1996年より陸上自衛隊初の心理教官として多くのカウンセリングを手がける。自衛隊の衛生隊員(医師、看護師、救急救命士など)やレンジャー隊員などに、メンタルケア、自殺予防、コンバットストレス(惨事ストレス)コントロールについての指導、教育を行う。2015年に退官し、現在は講演や研修、著作活動を通して独自のカウンセリング技術の普及に努めている。近著に『寛容力のコツ』(三笠書房 知的生きかた文庫)がある。公式HP