元自衛隊「心理教官」が説く、不寛容にならないコツ
ちょっとしたことで怒ったり傷ついたりしない――『寛容力のコツ』著者に聞く(第1回)
柳本操=ライター
下園さん そこはちょっと複雑なのです。私は今50代半ばですが、私が成人になった頃は、結婚にしろ、仕事の仕方にしろ、わりと単一の価値観が存在していました。例えば自衛隊員が休暇で海外旅行に行く、などというと「自衛隊員が海外に遊びに行って、そんなんで国を守れるのか」と当たり前に批判された。25歳を過ぎたら結婚するもの、という価値観があったので、「まだ結婚しないの?」とお節介を焼く人も受け入れられたのです。今そんな人がいたら「セクハラだ」と叱られるかもしれません。
価値観が多様化したということは、「今はいろいろな生き方があっていい」という表の情報の裏で、「でも本当は文句を言いたい」という本音がくすぶる、という状況を示している、つまり、社会的、人間関係的には軋轢(あつれき)が生じやすい状況を生むのです。言いたいことがあるけれど、日本人は基本的に人に気を使い、我慢をする民族なので、本音をのみ込んでいる。
そこにネットで何らかのルール違反をした人が登場すると、「俺もずっとそう思ってた!」と食いつき、そして簡単に“炎上”するのです。ところが、炎上を引き起こした各人は軽い気持ちでぽんとコメントして、「ちょっといじっただけ。ディスっただけ」と思っていても、攻撃された本人は絶えずずっと、大人数から攻撃を受けます。加害者が想像するよりも圧倒的に大きなダメージを被害者が受けている。これがネットの怖さです。
まさにネットは、負の感情の増幅装置のようなものですね。私たちは、どう向き合えばいいのでしょう。
下園さん 恐らく慣れてくるとは思います。ただ、10年はかかるでしょう。かつて、2ちゃんねるに書かれたことを、会社組織が「こんなことを書かれた」と大きく取り上げていた時代がありました。しかし今は「2ちゃんねるだろ? 好き勝手言っているだけだよ」とかわせるようになってきた。同じように、ネットの情報の信頼度にも、みんなが本気でそう思っているかどうかにも幅がある、ということが分かり、「ネットで言われていることだろ?」と冷静に受け止めることができるようになる。つまり、耐性ができてくるのだろうとは思います。
「自分にできること」を考えるのが寛容力
ネットの記事を読んでいると「結局、今の日本がダメだからだ」「社会の構造がこうだから仕方ない」という結論で終わっているものが多いと感じます。しかし、下園さんの著書では、自分でできることを見つめ、自分がアクションを起こすことこそ大切だというメッセージを強く感じました。
下園さん 私がやっている仕事は、社会を批評することではなく、対人援助だからです。こういう社会だからしょうがない、という理屈は一つあるとしても、それだけでは解決能力を持ちません。世の中がそうだからしょうがない、という考えは、「自分には何もできない」と言っているのと同じこと。対抗手段がないと人の意欲は低下し、世の中をさらに警戒するようになる。自分が攻撃されないように、相手を威嚇し、常にイライラするようになる。
それはすごくもったいないことだと思いませんか。そうではないよ、あなたにはできることがたくさんある、それが寛容力を身につけていくことなんだよ、ということを本書ではお伝えしたかったのです。
◇ ◇ ◇
次回は、中年以降に「攻撃的になる人」と「丸くなり穏やかになる人」の違いはどこにあるのか、ベテラン世代の寛容力の高め方について聞いていく。
(インタビュー写真:菊池くらげ)
心理カウンセラー、MR(メンタルレスキュー)協会理事長、同シニアインストラクター
