89歳医師に学ぶ! 生涯現役を続けるしなやかな「メンタル力」
第25回 人から必要とされ続ける秘訣とは何か?
奥田弘美=精神科医(精神保健指定医)・産業医・作家
「自分はこんな仕事をすべき人間ではないなんて、たいそうに考えるからおかしなことになってしまうんです」
「余計な力を抜いて、『まあこれくらいやってやるか』『今はそういうときなんやな』と、変に力まず受け入れてしまったほうがラクですわ」
先生は、そんなふうに考えて70年近く病院組織の中で淡々と仕事を続けてきたそうです。組織が自分に望んでいるタスクを、自分の好き嫌いや都合で判断せず、まずはコツコツと誠実にこなしていく姿勢を貫いてきた先生だからこそ、89歳になった今も求められる人材であり続けているのだと思います。
その2「声をかけやすい人になる/我は捨てる」
私は中村先生とは約3年同じ病院で働いていました。その時先生はすでに70歳を超えていましたが、若い医師や看護師、スタッフからとても親しまれ愛されていました。その理由の一つは、「声をかけやすい」雰囲気にあると思います。
病院のスタッフたちは「先生、この処置もついでにお願いできないですか?」などと気軽に頼んでいましたし、先生は「ああ、ええよ」と自分の担当患者さん以外の雑用であっても、気軽に引き受けてあげていました。
「先生、この患者さんのケアプランどうしましょう?」などと若い看護師から相談を受けたら、「そうやなあ、私はこう思うんやけど、あなたはどう思う?」などと、上意下達ではなく、常に相談しましょうという雰囲気で対話をされていました。
先生には、「この仕事は私の仕事じゃない」とバリアを築くのではなく、自分のできる範囲で臨機応変にスタッフと協力し合うという姿勢が常にあります。逆に自分が分からないこと、例えばパソコンの操作などについては「ちょっと教えて~」と素直にヘルプを求め、助けてくれたスタッフに対しては「ありがとう、助かったわ」としっかり相手の労をねぎらい感謝される。この「持ちつ持たれつの関係」をいつも築いているからこそ、多くのスタッフに慕われ頼りにされているのだと思います。
また先生には「年上だから」とか「先輩だから」といった妙なプライドや我が全くなく、自分より年下の医師やスタッフにも常に対等な意識で接するのも特徴です。
どんなスタッフに対しても「私はこう思うけど、あなたはどう思うの? どうしたいの?」と常に相手の考えや希望を確かめながら、折り合いを見つけつつ事を進める。また、もともと出世や名誉に対する欲がない先生は、自分よりはるか年下の医局長や院長といった上司にも、妙な劣等感や嫉妬を抱くことなく自然なフレンドリーな態度で接していかれます。
先生の中では、「自分は自分。他人は他人。他人の人生と自分の人生を比べても仕方がない」という意識が常にぶれずにあるようです。戦中戦後の混乱と激変の世の中で生き抜いていくためには、いちいち他人と比較して落ち込んだり嫉妬したりする暇はなかったのかもしれません。
「他人さんのことなんか気にしている暇あったら、目の前の仕事をこなそう」
「皆それぞれの立場で、たくさんの悩みや苦しみを抱えている。どんな立場になっても悩みや苦しみは常について回る。だから羨んだりしても意味がない」
そんなふうに先生は考えているようです。
転職したり定年退職後に再雇用されたりする人もどんどん増えている世の中ですが、先生の人間関係の築き方、捉え方は大いに参考になると思います。
さて、今年も8月15日に、日本は73回目の終戦記念日を迎えます。中村先生とお話ししていると、戦中戦後の想像を絶する混乱期を生き抜いてきた日本人がいかにタフで強かったか、我慢強かったかが身に染みて分かり、敬服の念を禁じ得ません。
物質的にも経済的にもはるかに豊かになった日本で、生命の危険なく働けている平和に感謝しつつ、私自身もっとストレスに打たれ強くならなければと背筋が伸びる思いがします。この拙稿を通じて、読者の皆様にも中村先生が持ち続ける戦中世代の力強さをその片りんだけでもお伝えすることができれば幸いです。
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精神科医(精神保健指定医)・産業医・労働衛生コンサルタント

