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こちら「メンタル産業医」相談室

89歳医師に学ぶ! 生涯現役を続けるしなやかな「メンタル力」

第25回 人から必要とされ続ける秘訣とは何か?

 奥田弘美=精神科医(精神保健指定医)・産業医・作家

 「出世したいとか、成功したいとか、何かを成し遂げたいとか全く考えたことなし。自分と家族が食べていけるだけのお金を稼ぐために、目の前の仕事をしてきただけ」

 「仕事は大嫌いやないけど、大好きでもない。どっちかというと好きな方に入るかなあ。自分が人の役に立てているのは、うれしいことやねえ」

そう先生は話します。

 中村先生は、終戦の2カ月前の1945年6月、広島県尾道市からたった一人で医師になるため大阪に出てきて、現在の関西医科大学の前身である大阪女子高等医学専門学校に入学しました。その時、高等女学校を出たばかりの16歳。終戦末期は大阪などの大都市を中心に米軍による空襲が頻繁に繰り返されており、いつどこに爆撃機が飛んできて機銃掃射されたり焼夷弾をばらまかれたりして死ぬかもしれないという恐ろしい状態の中での入学でした。

 こう書くと、先生には「お国のために医師になりたい」「銃後を守りたい」などと、その当時の軍国少女的な大志があったかのように思われがちですが、実は女医になった主な理由は「自活するため」でした。

中村さん(右)と筆者の奥田弘美さん(左)

 中村先生の実家は貧しい上に子だくさんだったため、長女の先生は女学校を卒業したら自活しろと常々言われていました。そんな折、大阪で開業医をしていた叔父が、「医師がみな軍医に取られて国内で医者が不足しているから、成績の良い者は医専の試験を受けろ。受かったら学費の面倒は見てやる」と一族に大号令を出したのです。

 その時、先生は軍需工場に勤労奉仕に駆り出されていたのですが、両親にせっつかれる形で試験を受けることになったそう。当時は国の「戦時非常措置」政策によって女医を量産して国内の医者不足を補おうと全国に女子医学専門学校が7校も急造され、比較的入学はたやすかったとか。無事に合格した先生は、「とにかく自活できる仕事を得られるのであれば、何でもいい」と、そんな気持ちで大阪に出てきたといいます。

 医師になってからも60歳ぐらいまでの先生の働く目標は、ずっと「自活するため」「生活のため」。無報酬の極貧インターン時代を経てやっと医師免許を取得したものの、給料をもらえる働き口が見つからず(その当時は病院の数が不足しており、新米医師は無給のまま大学病院で修業しつつポストの空きを待つのが通常だった)、バイト先のおじさんに紹介してもらった開業医宅に住み込んで、助手兼お手伝いさん兼子守として働くことで生計をやっと立てたそうです。

 3年後にやっと奈良県立医科大学精神科助手のポストを見つけて安定した自活ができるように。28歳で耳鼻科医の男性と結婚して2男に恵まれますが、夫は給料を飲み代に全部使ってしまうという酒豪だったため、常に「生活するため」が仕事を続ける強い動機であり続けたそうです。

 そんな先生には、現代のビジネス書などでよく目にする「己のキャリアを積み上げる」とか「一流の○○になる」といったいわゆる出世欲・自己実現願望は一切なし。「自分と家族が生活できるためのお金が稼げたらよい」「ささやかでも人の役に立てていれば、それでよい」いった気持ちで60歳までひたすら働いてきたそうです。

 60歳を過ぎて子供を立派に成人させた後も、先生は「家にいてもすることもないから、自分を使ってもらえて人の役に立てるうちは働かせてもらいましょう。もはや仕事は生活習慣の一部やから」と、相変わらず淡々と仕事をこなしています。

 私は産業医として若手社員と面談をよくしますが、過重労働などの問題がないホワイトな職場であっても、「今の仕事では、自分の能力を伸ばせない」とか「異動後の仕事は自分のキャリアプランとは違う」などと悩む方にしばしば出会います。もちろんしっかり悩んだ結果、自分の目標に合わせて自力で転職を繰り返したり、一念発起して起業したりと、自分の望む仕事を己のかい性で創り出していくチャレンジ精神や根性があれば何も問題ありません。現在はそういうことが十分に許容される時代です。

 しかしそういったリスクを今は極力避けたい、今いる組織の中で働き続けていきたいと思うのであれば、時には中村先生のようなスタンスも必要なのではないかと感じます。

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