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こちら「メンタル産業医」相談室

増える「パワハラ」による精神疾患、まず正しい知識を

第12回 こちら「メンタル産業医」相談室

 奥田弘美=精神科医(精神保健指定医)・産業医・作家

 まぶしすぎる太陽に肌を焼かれる毎日、あなたの心と体はお元気でしょうか? こんにちは、精神科医で産業医の奥田弘美です。今日はパワーハラスメント(パワハラ)について取り上げたいと思います。

「わが社は体育会系でして……」と自慢げに言う管理職は特に要注意!?(c)keisuke kai-123rf

増えるパワハラによる精神疾患

 厚生労働省は2017年6月30日、平成28年(2016年)度「過労死等の労災補償状況」を公表しました。報告によると仕事が原因でうつ病などの精神疾患にかかり、2016年度に労災認定されたのは498件で、1983年度の調査開始以降、最多だったそうです。また精神疾患の労災申請件数も最多の1586件となりました。

 その内訳を出来事別に見ると「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」という、いわゆるパワハラによるものが74件とトップ。次いで「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」が63件となっています。

 ちなみに2015年度の同データは、1位が「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」75件、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」60件です。1位と2位が入れ替わっていることから見ても、職場でのパワハラによる精神疾患が増えていることは明らかです。

 筆者も様々な企業でメンタルヘルス面談を行っていますが、確かにパワハラ系の相談や不調者が増えているなと実感します。

 「聞くに堪えないひどい言葉や辛辣な態度で罵られる」

 「あからさまに自分だけ無視される」

 など、自分自身に直接パワハラを受けてメンタル不調になる人もいれば、

 「常に上司が怒鳴り散らしていて、毎日怒声を聞くたびに動悸(どうき)がするようになった」

 「ターゲットになっていじめられている同僚に対して、怖くて何もできない自分がつらい」

 といった間接的なパワハラで病んでいく人もいます。

こんなことがあったら「パワハラ」かも

 厚生労働省のホームページ「あかるい職場応援団」(1*)には、パワハラの正確な定義が次のように表現されています。

 「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えるまたは職場環境を悪化させる行為」

 この定義を分かりやすくするために、もっと具体的に解説しましょう。

 同HPによると、パワハラは6つの類型に分けられています。

1 身体的な攻撃……たたく、殴る、蹴るなどの暴力行為。物や書類を投げつける。壁に向かって投げるなど、体に当てなくとも、暴力的な威嚇行動はすべてここに入る。

2 精神的な攻撃……同僚の目の前で叱責したり、他の職員を宛先に含めてメールで罵倒する。必要以上に長時間にわたり繰り返し叱責する。「バカ」「のろま」「アホ」などの言葉を毎日のように浴びせる。「やめてしまえ」「クビにするぞ」などの社員としての地位を脅かす言葉、「おまえは人として最低だ」「無能」などの侮辱、名誉毀損に当たる言葉も全てここに入る。

3 人間関係からの切り離し……1人だけ別室に離される。強制的に自宅待機を命じられる。課全体の歓送迎会やミーティングに1人だけ入れない、話しかけても無視されるなど、明らかな仲間外れ行為を行うなど。

4 過大な要求……能力や経験を超える無理な指示で他の社員よりも著しく多い業務量を課す。業務上のささいなミスについて見せしめ、あるいは懲罰的に、就業規則の書き写しや始末書の提出を何枚も求めるなど。

5 過小な要求……いわゆる仕事を干す行為。業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや、仕事を与えない。

6 個の侵害……有給休暇の取得理由を執拗に問うたり、内容によっては取得を認めない、プライベートについてしつこく尋ねる、飲み会への参加を強要する、服装や見た目を人前でからかうなど、管理職としての権限を利用して私的なことに立ち入ったり不適切な発言を行うなど。


 いかがでしょうか? あなたの職場で当てはまる状況は発生していないでしょうか? 改めてじっくり考えてみると、「もしかしたらパワハラに入るのかも?」と思われる状況があったかもしれません。

気づかないうちに進む「パワハラの世代間連鎖」

パワハラは連鎖する。そして、それが自身にも起こっていることに気づかない人は意外に多い(c)Dmitriy Shironosov-123rf

 パワハラは、それが当たり前のように日常茶飯事に行われている環境にい続けると、「慣れ」が生じてしまいます。「これが普通のことなんだ」と感覚がマヒしてしまうのです。

 そのため被害者は心身に不調をきたすまで我慢し続けてしまい、第三者に指摘されて初めてパワハラを受けていたことに気づくというケースも散見されます。ちなみに私の経験上、「わが社は体育会系でして…」と自慢げに言う管理職や取締役がいる小さな会社は特に要注意だと感じます。

 ある程度規模が大きくなり人事部門が独立してプロフェッショナル的に動いている会社ではチェック機能が働きやすいのですが、規模が小さな会社の場合は「これがわが社の社風」で片付けられていることが結構あります。

 特に管理職や取締役が、実際にバリバリの体育会系部活の経験者で、自分自身が若い頃からコーチや監督に口汚い言葉で罵られたり、権力を乱用した指導を受けてきた場合は、「人を指導するときには、そういう言い方をしてよいものだ」と悪気もなく思っていることがあります。いわゆる「パワハラの世代間連鎖」です。

 「俺の言う通りしないんだったら、レギュラーを外すぞ」

 「このバカ! お前なんかチームのお荷物だ。お前なんか要らない!」

 と部活でコーチや監督から青年期にパワハラ指導された人が、管理職になってから

 「俺の言う通りにしないんだったら、査定を下げるぞ(または、クビにするぞ)」

 「このバカ! お前なんか課のお荷物だ。お前なんか要らない!」

 と自分の部下たちにやってしまうのです。

 昨今さすがに体罰はパワハラだと分かっている人は多いのですが、こうした言葉のパワハラには鈍感な人もいて、自分に「パワハラの世代間連鎖」が起こっていることに気が付かない場合があります。「自分がよかれと思って部下を厳しく指導していたら、人事にパワハラだと注意されて、懲戒処分を受けた」と落ち込んでしまい、パワハラした上司自身がメンタルを病んでしまったというケースにも産業医として遭遇したことがあります。

 もちろん部活だけではありません。子どもの頃に親から人格を否定されるような言葉で口汚く罵るようにしつけられた人は、大人になってから他人や自分自身の子どもに対して、同じようなパワハラを行ってしまうことが多いのです。虐待された子どもが親になって自分の子どもに虐待するケースがあるように、パワハラ言動も世代間で連鎖してしまうのです。

 ちなみに体育会系部活のすべてでパワハラ言動が行われているというわけでは決してありません。適切な言葉と態度で素晴らしい指導をされているコーチや監督も数多くいます。しかし教育現場ではスポーツ指導における暴力行為が以前から問題になっているのも事実です。文部科学省ではすでに「スポーツを行う者を暴力等から守るための第三者相談・調査制度の構築に関する実践調査研究協力者会議」が行われ、「スポーツ指導における暴力等に関する処分基準ガイドライン(試案)」が提案されています。お子さんが運動部に所属している方は、パワハラの連鎖が起こる環境で部活をしていないかどうか、一度チェックされてみることをお勧めします。

まずは基本的な知識を持つこと

 職場でも家庭でも部活でも厳しく指導することはもちろん時には必要ですが、「正してもらいたい行動に焦点を当てて指導する」「人格を攻撃したり否定したりしない」「執拗に過度に叱らない」「大勢の前で恥をかかせるような叱り方はしない」といった基本は押さえておく必要があります。

 「今はちょっと怒るとパワハラと騒がれるから面倒くさい」と嘆く中高年の方にも時々出会います。少子化で怒られ慣れていない大人が増えているのは事実ですし、全ての叱責や指導がパワハラになるわけではありません。適切な言葉と態度で行った指導は、実際の判例でもパワハラ認定されていません。

 パワハラの被害者、加害者にならないためには、まずは自分自身がパワハラの正しい知識を持つことが大切です。職場のあちこちでチェック機能が働くようになれば、パワハラの慣れ、パワハラの連鎖も防ぐことができると思います。


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奥田弘美(おくだ・ひろみ)さん
精神科医(精神保健指定医)・産業医・作家
奥田弘美(おくだ・ひろみ)さん 1992年山口大学医学部卒。精神科臨床および都内18カ所の産業医として日々多くの働く人のメンタルケア・ヘルスケアに関わっている。著書は「1分間どこでもマインドフルネス」(日本能率協会マネジメントセンター)、「一流の人はなぜ眠りが深いのか」(三笠書房)など多数。日本マインドフルネス普及協会を立ち上げ日本人に合ったマインドフルネス瞑想の普及も行っている。