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黒田官兵衛に学ぶ、ストレス社会を生き抜くヒント 

第30回 周囲からのサポート力を高めるには

 奥田弘美=精神科医(精神保健指定医)・産業医・作家

 また官兵衛はその当時の武将としては稀有(けう)なヒューマニズムの持ち主で、「知謀をもって敵城を降参せしめ和議を調え、人を殺さずして勝事を好みたまう」(「黒田家譜」(*2))を旨としていたといわれます。降参した敵の家臣も極力生かすように努め、望む者は自らの家臣として迎え入れることも多かったようです。裏切りやだまし討ちが日常茶飯事だった戦国時代において、「官兵衛の言うことならば信用できる。官兵衛ならば約束を反故(ほご)にしない」と、彼の誠実さと篤実さが「信頼のブランド」となっていたために敵方の武将も彼の言葉に耳を傾けたのでした。

息子思いの「父の愛情エピソード」も

福岡城跡。写真はイメージ=(c) PaylessImages -123RF
[画像のクリックで拡大表示]

 さてこうして上司力・部下力を得て才能を十分に開花させた結果、名もなき田舎の家老から秀吉の名参謀に出世して全国に名をはせた官兵衛でしたが、あまりにも頭脳明晰(めいせき)であるがゆえに、天下統一を成し遂げたのちに疑念が強くなった秀吉から次第に警戒されるようになったようです。

 秀吉という上司力が低下してきたことを敏感に察知した官兵衛は、家督をさっさと息子の長政に譲って40代半ばの若さで隠居し、「如水」と名を改めて入道してしまいました。のちは若い長政を後ろから支えつつ、晩年の秀吉の命じる軍務を粛々とこなしていきました。このような動きができたのも、官兵衛の家族力が良好だったからといえるでしょう。

 官兵衛は長男・長政を甘やかすことなく厳しく深い愛情を持って育て、彼の帝王学をしっかりと伝授したようです。「黒田如水教諭」と呼ばれる遺訓にも「神の罰や主君の罰よりも臣下百姓の罰おそるべし」(家臣や百姓の支持を失うことが領主にとって一番恐ろしいことだ)などといった名言の数々が残されています(*3)。

 官兵衛の教育により長政は立派に成長し、関ケ原の戦いにおいて父親譲りの知謀をもって多くの武将を徳川家康に味方するように説得・調略し、東軍勝利のために大きな功績を上げました。官兵衛はこの間、自らも兵を挙げて小大名たちを次々と攻略し北九州を席巻しています。

 その結果、黒田家は関ケ原の戦いによる功を大いに家康に認められ、筑前52万石の大大名となりました。息子・長政と父・官兵衛の連携プレイによる見事な家族力で、天下分け目の関ケ原の戦いを見事に勝ち抜き、黒田家をさらなる隆盛に導いたのでした。

 関ケ原の戦いののち、官兵衛の晩年は非常に穏やかであったようです。50代になっていた官兵衛は本格的な隠居生活に入り、息子・長政に頼んで福岡城の一角に小さな屋敷を造って夫人とともに仲良く住み、よく城下をぶらぶらと散策しては領民の子供たちに菓子をやり遊んでやったといわれています。ちなみに官兵衛はこの時代の武将に珍しく、側室を持たずに正室1人とのみ一生を添い遂げています。

 1604年(慶長9年)、病気で寝込んだ官兵衛は自らの死を予測し、わざと家来たちに当たり散らして自分が嫌われるように仕向け、長政に家来たちの忠心が向くようにしたという、いかにも策略家らしい「父の愛情エピソード」も現在に伝わっています。また官兵衛は遺言として、家臣たちに「殉死」(主人の後を追って死ぬこと)を固く禁じ、優秀な家臣たちが引き続き息子・長政を支えるように計らいました。

 官兵衛の辞世の句は、

 「おもひおく 言の葉なくて つひに行く 道は迷はじ なるにまかせて」

 この世に思い残す言葉はない。迷うことなくなるにまかせて旅立とう……といったような意味でしょうか。激動の戦国時代を全力で生き抜いた官兵衛が、安らかな心で悠々と晩年を過ごし、この世に未練なくすがすがしくあの世に旅立ったことは間違いないと思います。

まず、周囲の身近な人を大切にすることから

 さて、今回は黒田官兵衛の人間性にスポットを当てて、彼がいかに終生にわたって堅固な周囲のサポート力を持ち得たのかを考察してきました。官兵衛には温かな人間性と誠実さが根底にあったからこそ、「上司」「同僚(部下)」「家族・友人」という3方からのサポート力に恵まれ、その結果、彼の才能が戦国時代という苛烈なストレス社会でも存分に活用できたのだと筆者は考えます。

 現在、書店にはあらゆる類のビジネス書があふれ、ちまたではスキルアップのセミナーや研修があちこちで開催されていますが、「自分の才を伸ばすことだけに注力するのではなく、まずは自分の周りの人々に対して裏切ることなく誠実に接すること、そして自分を支えてくれる部下や家族にはできるだけ愛情をかけて育てることが大切である」と、官兵衛は生きざまを通じて教えてくれているように思います。

 官兵衛はその結果、少数精鋭の本当に信頼できる人間関係を常に身の回りに大切に保ち続けたことで、人生の危機をいくたびも乗り越えて晩年には心の安寧なる世界にたどり着くことができました。

 現代に生きる私たちは交流サイト(SNS)などで多くの人と簡単に浅く広く手軽につながることができ、「ゆる~い表面だけのノリのよい付き合い」が急速に増えています。また一方、現実社会でも、利害関係で簡単にくっついたり裏切ったりする烏合(うごう)の衆的な人間関係が少なくありません。もしかしたら現在も「心の戦国時代」は続いているのかもしれません。こうしたストレスフルな現代社会であるからこそ、官兵衛のように深い信頼と安心感で結ばれた人間関係を、たとえ少数でもいいから構築していくことを心がけたいものですよね。

*2 『豊臣秀吉の天下取りを支えた軍師 黒田官兵衛』(宮帯出版社、小和田哲男監修)より
*3 『豊臣秀吉の天下取りを支えた軍師 黒田官兵衛』(宮帯出版社、小和田哲男監修)、『黒田官兵衛 作られた軍師像』(講談社現代新書 渡邊大門)より

※年代・事跡などについては諸説あります。
【参考文献】
●『豊臣秀吉の天下取りを支えた軍師 黒田官兵衛』(宮帯出版社、小和田哲男監修)
●『黒田官兵衛・長政の野望 もう一つの関ヶ原』(角川選書、渡邊大門)
●『秀吉に天下を獲らせた男 黒田官兵衛』(宮帯出版社、本山一城)
●『播磨灘物語1~4』(講談社文庫、司馬遼太郎)
●『黒田官兵衛 作られた軍師像』(講談社現代新書 渡邊大門)
●『黒田官兵衛 鮮烈な生涯』(晋遊舎ムック歴史探訪シリーズ)

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奥田弘美(おくだ ひろみ)さん
精神科医(精神保健指定医)・産業医・労働衛生コンサルタント
奥田弘美(おくだ ひろみ)さん 1992年山口大学医学部卒。精神科医および都内20カ所の産業医として働く人を心と体の両面からサポートしている。著書には『心に折り合いをつけて うまいことやる習慣』(すばる舎)、『1分間どこでもマインドフルネス』(日本能率協会マネジメントセンター)など多数。日本マインドフルネス普及協会を立ち上げ日本人に合ったマインドフルネス瞑想(めいそう)の普及も行っている。

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