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長時間労働を削減できる会社、医師が見た3つの共通点

問われる「トップの本気度」

 奥田弘美=精神科医(精神保健指定医)・産業医・作家

 こんにちは、精神科医で産業医の奥田弘美です。新年が明けてあっという間に1カ月半がたちましたが、あなたの心と体はお元気でしょうか?

長時間労働削減で成果を上げている企業には3つの共通点があるという。(c)tan4ikk-123rf

 政府が2016年9月に「働き方改革実現推進室」を発足させて以降、「働き方改革」が声高に叫ばれ、労働基準監督署による違法な長時間労働の摘発も相次いでいます。私は都内約20社の企業の嘱託産業医を兼任していますが、衛生委員会や経営者・人事担当者とのミーティングでも長時間労働削減について取り上げられることが多くなり、確実に「働き方改革」の波が押し寄せていることを実感します。

 ちなみに私のような嘱託産業医が訪問する事業所は大企業ではなく、常時50人以上999人以下の労働者を雇用している中小企業です。それゆえ現場はギリギリの人数で回しているという会社がほとんどで、ちょっとバランスが崩れると長時間労働が発生しやすい状況にあります。例えば「部署の担当者が急に辞めた、病欠になった」「クライアントから予定外の仕事が急に入った」「何らかのトラブルが勃発して急遽対応に追われた」といった原因で長時間労働が即発生してしまいます。

 しかしそんな状況下でも、本気で長時間労働の撲滅に取り組んでいる企業では、完全とはいえないまでも確実に長時間労働者の数・状況に変化が現れてきています。産業医仲間やEAP(従業員支援プログラム)サービス業者の方と話していても同様の感想を持っている方が多いようです。

 これら産業保健に関わる専門家たちの会話を通じて感じるのは、長時間労働削減の成果を上げている企業には、次の3点の特徴が共通して見られるということです。

(1)会社のトップが本気で残業削減に取り込むと宣言している

 経営陣が長時間労働による社員の健康被害や生産能力低下のリスクが計り知れないことや、過労死が発生した場合の訴訟リスク、違法な労働状態を摘発された場合の企業イメージの低下が人材確保困難に直結することなどをよく理解していて、固い決意の下、先頭に立って改革を推し進めている。

 逆に売り上げ・利益が減ることを極度に恐れるあまり、現状を変えようとせず口先だけで「残業を減らせ」と唱えている経営陣や、「うちの社員は仕事が楽しくて自ら長時間働いているのに、法律がそれを邪魔するなんてけしからん」と社員の本音と建て前を勘違いしている経営者の下では、社員はそれを敏感に察知しますので、長時間労働を減らすアクションが起きません。そうした会社では、ノー残業デーが設定されてもすぐに形骸化しますし、夜になると社屋を消灯して社員を追い出しても持ち帰り残業が発生するだけです。

(2)人事担当者が長時間労働部署へのヒアリングに基づき、具体策を実行している

 仕事量や体制が変わらないのに、ただ「残業を減らせ」「休日出勤を減らせ」と言うだけでは、現場は混乱するばかりです。人事担当者が中心になって、現場の上長、そして長時間労働をしている社員一人一人にヒアリングをして原因をまず洗い出す。そして、具体的な対策を立ててアクションを起こしているところが実際の成果を上げています。

 例えば、ある部署では、部署長がクライアントから契約を切られたくないため、先方からの突発的な要求をすべて丸飲みして臨時仕事を増やしていました。そのために現場のスケジュールが乱れ長時間労働が発生していました。人事担当者からの報告を聞いた経営者が部署長を呼び、「○○と○○のような要求は今後受けなくてもよい。それで契約が切られるようならそれでも構わない」と言ったことで、長時間労働の発生が抑制されたケースがありました。

 また業務が下流工程であるため、繁忙期には午後6時以降に作業が発生しがちだという部署には、思い切って繁忙期のみインターバル制(退社から次の出勤まで最低11時間空けること)やフレックス制を導入した企業もあります。それによって社員は最低限の休息と睡眠時間を確保できたため、体調を崩す人が激減しただけでなく、総労働時間も例年よりはるかに抑えることができました。

(3)一度きりではなく、継続的に残業状況をウオッチして対策を見直す

 一時的に残業が抑制されても、ちょっとバランスが崩れると再び長時間労働が発生してしまうことが中小企業ではしばしばあります。経営者や人事担当者が各部署の残業状況に目を光らせ、再び上昇カーブを描いてきたら、早めにヒアリングし、ミーティングを行って対策を立てるといったことも、残業削減が成功している会社では共通して行われています。

 例えばある出向型のIT関連企業では、出向先の会社の現場リーダーが変わったことで、再び長時間残業が発生し始めました。社員にヒアリングすると、その新リーダーの作業スケジュール感に無理があることが原因のようでした。そこで経営者が直接、出向先の企業に申し入れをしたことでスケジュールが再度見直され、長時間労働が速やかに改善しました。

 そのほか小規模な中小企業の中には、長時間労働が発生するたびに社長自らが過重労働者やその上司と面談を行い、その都度解決策を相談しているという会社もあります。

 以上のような共通点を眺めてみても、長時間労働撲滅のためには、個人個人の努力に頼るのではなく、強力なトップダウンの大号令の下、会社ぐるみで中長期的に取り組む必要があることは明らかです。

 厚生労働省の「平成28年版過労死等防止対策白書」の第1章第2節「労働・社会面からみた過労死等の状況」では、所定外労働(残業)が発生する理由を企業側、労働者側の双方からアンケート調査しています(*1)。

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 まず企業側の理由としては、「顧客(消費者)からの不規則な要望に対応する必要があるため」「業務量が多いため」「仕事の繁閑の差が大きいため」「人員が不足しているため」がトップ4でした。

 労働者(正社員〔フルタイム〕)側からの所定外労働が必要となる理由を見ると、「人員が足りないため(仕事量が多いため)」「予定外の仕事が突発的に発生するため」「業務の繁閑が激しいため」「仕事の締め切りや納期が短いため」の順でトップ4となっています。

 産業医として過重労働面談をするなかでも、この調査の労使双方に共通している「人員が不足し、仕事量が多いこと」と「予定外の仕事(不規則な要望)が突発的に発生する」が解決されず放置されている会社では、それらが慢性的な過重労働の原因となっていることが非常に多いと感じます。

 まず「人員が不足し、仕事量が多いこと」に関しては、ただ単に人手を増やせば解決する問題ではない場合も多々あります。今まで行った過重労働面談では、「自分と同等の知識やスキルを持っていないとできない仕事だから、人を入れてもらってもすぐ任せられない。教える時間がとられるので逆に残業時間が増える。だから今のまま自分が頑張るしかない」と悲壮な表情で話す社員さんにしばしば出会いました。

 こうしたにっちもさっちもいかない「崖っぷち状態」が慢性化し、少数の人が恒常的に長時間労働を行っていると、多かれ早かれその中から体調不良者が発生し、さらなる人手不足が発生するという恐ろしい悪循環に陥っていきます。最悪の場合は主要な人材が全員倒れてしまい「そして誰もいなくなった」という状況になることも。

 経営陣が一時的に売り上げを減らしてでも作業量や納期を調整することを指示し、人を育てるための時間的余裕をつくるという英断をしなければ、この悪循環は断ち切ることができないでしょう。

 また「予定外の仕事の突発的な発生」も、中小企業で長時間労働が発生する温床になっています。特にIT会社や広告会社などの過重労働面談では、「定時を過ぎてからクライアントから要望が入ったり、納期目前に駆け込みで追加案件が増えたりするから、深夜になっても仕事が終わらない」と訴える社員さんによく出会います。こうした受注型のビジネスモデルの場合は、自社だけの改革では限界があることを痛感します。

 2017年の9月22日に経済同友会、経団連など100以上の団体名で「長時間労働につながる商慣行の是正に向けた共同宣言」が出されました(*2)。その中には、「契約時の適正な納期の設定に加え、仕様変更・追加発注を行った場合の納期の見直しなどに適切に対応する」「取引先の休日労働や深夜労働につながる納品など不要不急の時間・曜日指定による発注は控える」「取引先の営業時間外の打ち合わせや電話は極力控える」といった内容も含まれています。

 産業医としても、これは素晴らしい宣言だと感じました。中小企業では、「今まで行ってきたこまごましたサービスを断ると、別の会社に仕事をとられてしまう」という恐れが常にあるため、なかなか今までの悪しき商習慣にNOと言えないのが実情です。やはり業界全体で商習慣を見直し、発注者側の意識を変えることが必要だと産業医の立場からも痛感します。宣言だけにとどまらず、こうした意識を世論に広め根付かせてもらいたいと強く思います。

 働き方改革が叫ばれ出してからも、上記のような「社員個人の努力だけでは、どうしようもできない長時間労働の状況」が続いている会社が実際に多く存在します。過重労働面談で疲労が高度に蓄積している社員さんに会い何とかしてあげたいと思っても、産業医は勧告権しか持たないため、「残業を速やかに削減してください」「月○時間以内の残業に留めてください」といった意見書を会社に提出することしかできません。

 長時間労働をしているご本人には、医師として、可能な限り質の良い睡眠と食事をとることの必要性や休日の過ごし方などのアドバイス、疲労回復の方法などをお教えしますが、長時間労働が続いている限り「焼け石に水」であり、疲労は確実に蓄積し続けていきます。

 元来健康で仕事に情熱を燃やしているビジネスパーソンでも、長時間労働が続き、深夜に帰宅して3~4時間の睡眠しかとれず、土日もゆっくり休めないという日々が月単位で続けば、確実にメンタル面や体の調子が崩れていきます(詳しくは、第5回「過労はサイレントキラー、気付かぬうちに体を蝕む」をお読みください)。しかし、社員がメンタル不調や体調不良を起こしてからでは遅いのです。2018年もさらに働き方改革の議論が深まり、社会全体、業界全体で大きなアクションが起こることを産業医としても心から期待しています。

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奥田弘美(おくだ・ひろみ)さん
精神科医(精神保健指定医)・産業医・作家
奥田弘美(おくだ・ひろみ)さん 1992年山口大学医学部卒。精神科臨床および都内18カ所の産業医として日々多くの働く人のメンタルケア・ヘルスケアに関わっている。著書は「1分間どこでもマインドフルネス」(日本能率協会マネジメントセンター)、「一流の人はなぜ眠りが深いのか」(三笠書房)など多数。日本マインドフルネス普及協会を立ち上げ日本人に合ったマインドフルネス瞑想の普及も行っている。