野人・岡野さん 重圧をはねのけ「ジョホールバルの歓喜」をつかむ
元サッカー日本代表・現ガイナーレ鳥取代表取締役GMに聞く(2)
高島三幸=ライター
そんな運命を決めるタイミングで僕が出場し、万が一ゴールを決められなかったら、国民から戦犯扱いされるのではないかという恐怖に包まれました。負けては日本に帰れないと思っていましたし、逃げ出したくなるくらい重圧に押しつぶされそうでした。嫌な汗をかき、生まれて初めて「試合に出たくない」と、サッカーを恨んでしまったぐらいです。
でも、同点のままゴールデンゴール方式の延長戦に入り、岡田監督に「岡野、来い」と呼ばれてしまいました。「入れてこい!」と一言だけ声をかけられ、押し出されるように白線を越えてピッチに入りました。初出場がこんな場面だなんて、「うそだろ……」という状態。あの時の記憶はあまりないのですが、とにかくヒデ(中田英寿元代表選手)がボールを持てば、本能的にピッチを全速で走っていたと思います。尋常でない雰囲気の中、やはり緊張からか僕はゴールを外して、2回もチャンスを逃してしまい、延長戦前半を終えました。
シュートを外した罪悪感でさらに落ち込まれたと思います。
そうですね。でもフィールドを入れ替えるわずかな時間に、肩を落とした僕にチームメートが駆け寄り、「大丈夫だ」「お前のせいじゃない」と励まし、背中をたたいてくれました。重圧と申し訳なさで吐きそうだったのを覚えていますが、あの時、仲間が声をかけてくれなかったら、そのままピッチから逃げてしまったかもしれません。仲間のおかげで「もう一回頑張ってみよう」という思考に短時間で切り替えられました。

それでも後半戦もゴールを何度も外してしまって、ボールを追うのをやめてしまいたくなりましたが、そんな気持ちをぐっと抑え、走り続けました。そしてヒデがシュートを打ち、ゴールキーパーが弾いたボールが僕の前に転がってきたのが目に入った瞬間、スライディングしながら右足にボールを当てて悲願のゴールを決めました。
うれしかったです、これで日本に帰れると思った。正直、ワールドカップに出場できることはどうでもよくなっていました。
それぐらい追い詰められた精神状態だったんですね。
僕だけでないと思います。試合が終わった控え室では、ビールかけがあってもいいものですが、みんなまるで負けたようにため息をつき、バスの中ではシーンと静まり返っていました。ホテルで迎えてくださった花道を歩いていても「ありがとうございます……」という低めのテンションで、食堂では祝いのシャンパンも飲まず、みんな自分の部屋に戻って行きました。それぐらいホッと安堵したのと、心身ともに疲れ切った状態だったのです。
あんな経験、もう二度としたくないですが、あの経験があったからこそ、今、サッカーチームのGMという立場でどんな仕事をしても緊張しないし、怖いものはなくなりました。
(カメラマン 厚地健太郎)
◆元サッカー日本代表・現ガイナーレ鳥取代表取締役GMに聞く
第1回 元サッカー日本代表・「野人」岡野雅行さん 高校からの逆境人生第2回 野人・岡野さん 重圧をはねのけ「ジョホールバルの歓喜」をつかむ
第3回 野人・岡野さん 悩んでも現状は変えられない「行動あるのみ」
元サッカー日本代表、ガイナーレ鳥取代表取締役GM
