室伏広治さん 「使える筋力」を育てる新聞紙エクササイズ
元ハンマー投げ選手の室伏広治さんに聞く(3)
高島三幸=ライター
次に、肘を90度ピッタリに曲げてその形をキープします。このとき、力を入れる必要はありません。肘の90度の型を保ったまま、パートナーと手をつなぎ引っ張ってもらいます。すると、90度の角度を崩さないように踏ん張っていると、手だけではなく、おのずとおなかから下の下半身に力が入っていることを実感します。パートナーが自分より力が強く、体の大きい人であっても、不思議と踏ん張れる可能性が高くなります。
これは、自分から意識的に力を入れて引っ張り返そうとするなどの「能動的」な筋の使い方より、90度に肘を曲げて、その型を崩さないようにというイメージを持ちながら引っ張られたほうが、外部の力に応じて自然に現れる「受動的」な筋の使い方ができ、大きな力を発揮できるからです。
体操界のレジェンドである内村航平選手は、鉄棒で高難度の離れ技を連発し、握力が強いイメージですが、実はあるときに測定したら同じ年齢の人の平均より下回っていたと聞いたことがあります。手に力を入れなくても、指を曲げて鉄棒にひっかけるといった「受動的」な筋の使い方をすれば、弱い握力でも自身の体重の何倍もの力に耐えることができます。自ら力を入れようとすると、かえって大きな力を発揮できず、逆に「リラックスすれば大きな力が発揮できる」のにはこうした理由があるのです。
この手を引っ張り合うエクササイズも同じ原理であり、応用すれば日常の動作もちょっとしたエクササイズになります。例えば、ドアを開けるときに、手だけで取っ手をつかんでドアを開けるのではなく、肘を90度程度に曲げてそれを保ったまま、取っ手をつかんで腹や腰から引いて開けます。すると自然に腹筋や背筋、下半身といった体全体を使ってドアを開けようとします。
また、目の前のテーブルの上にコーヒーカップを置きます。座りながらそのカップを肘の曲げ伸ばしだけで取ろうとするのではなく、腕の角度を一定に保つようにして腹腰を意識し、その型を維持したままカップを取ろうとしてみてください。すると、腹のあたりから身を乗り出して全身を使ってカップに近づいていくような動きになります。
このように日常の何気ない動き一つひとつを、手や腕といった体の枝葉部分だけで済ませるのではなく、体全体を使って行うように意識すれば、全身運動になります(もともと枝葉部分である腕は、腹、腰、下半身の筋力に比べればはるかに弱いのです)。自分のイメージ(理想)通りに体を動かすには、全身を使って全力を出し切る練習をすることが大事だと私は考えています。指先を伸ばすときでも、小手先だけでやらずに全身を使う。ここで紹介したエクササイズには、こうした目的も含まれています。
もっと自分の体の動きに興味を持とう!
現役生活の終盤は、年齢による筋力やスピードの衰えと向き合い、ケガを予防するための工夫に注力していました。その結果、「脊椎や関節への負担を最小限にとどめ、効率よく体を強化して成果を出すにはどうするか」という研究につながりました。
引退後は、デスクワークや会議が多い生活になり、とにかく時間がないので、短時間で効率よく運動するといった競技者時代の考え方がとても役に立っています。ジムやジョギングに出られなくても、手軽で身近な運動で健康な体は作れると思っていますし、体の動きのメカニズムなどを考えながら新しいエクササイズを生み出すのは楽しく、何より飽きません。
“運動する”というと、何か特別に準備をして行うことだと思っている人も多いかもしれませんが、自分を追い込むような体の負担が大きい運動でなくても構わないと思います。
運動の習慣がない人は、まずはベッドから立ち上がるときに、「膝を意識しながら立って、次はおなかを意識して立ち上がってみよう」「その次はお尻を意識して立ち、どの部分に意識を持ったときが一番ラクに立てたか比べてみよう」などと、日常生活の動きの中で“自身の体に意識を向けること”から始めてみるといいかもしれません。今まで気づかなかった面白い発見があり、自分の体にもっと興味が湧いて、運動習慣も身に付きやすくなると思います。

(写真 鈴木愛子)
【元ハンマー投げ選手に聞く】
第1回 室伏広治さん「体が欲しているものを見つけるのもトレーニング」第2回 室伏広治さん 寝る前の「猫伸びストレッチ」でぐっすり
第3回 室伏広治さん 「使える筋力」を育てる新聞紙エクササイズ
