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あの人のカラダマネジメント術

末続慎吾さん 39歳の今も現役で走り続ける理由

元五輪陸上メダリストに聞く(1)

 高島三幸=ライター

 そうですね。2003年のパリで開催された世界陸上で、世界大会短距離種目で日本人初の銅メダルを獲得して以降、「五輪でも日本人初のメダル獲得」という国民の期待を感じました。しかし、2004年のアテネ五輪では、リレーは4位、個人では決勝に残れず、結果が出ないことに周り以上に僕自身ががっかりしたんです。そのプレッシャーが大きくのしかかり、原因不明の手の震えを覚えたりしました。

 2008年の北京五輪ではリレーでメダルを獲得しました。うれしい気持ちもあったけれど、それ以上に「日本代表として五輪の舞台でメダルが取れてよかった…」とほっとするような安堵の気持ちが大きかったですね。重責を果たす経験を若いうちにしておくのは必要かもしれないけれど、僕はその後、気持ちが崩れてしまいました。親や恩師と話すと涙が溢れてきて、手の震えが止まらず、無期限の休養宣言をしてしばらく地元熊本に帰りました。

メダリストはどこまで頑張らなければいけないのか

そのときどんな気持ちだったのでしょう。

 何でこんな気持ちにならなければいけないんだと思いました。世界レベルの大会で2個のメダルを取ったのに、期待されていた五輪での個人種目がダメだったから、こんな惨めな気持ちにならなければいけないのかと。もっと頑張らなければいけないという、僕には圧に近い周囲の期待もしんどかった。メダリストはどこまで頑張らなければいけないのだろうと思ってしまいました。

「周囲の期待がしんどかった」

競技から退くのではなく、休養を選んだのは?

 こんな状態だったら、普通なら競技をやめればいいと思いますよね。そこは九州男児の血なのか、気持ちは弱っているけれど、「絶対やめない」という悔しい気持ちも正直あったりして…。面倒臭いところがあります(笑)。

休養宣言の後、どんな生活をされていたのでしょうか。

 当時所属していたミズノにお世話になりながら、ごく普通の一般人の生活を送っていました。とにかく走れませんでした。走りたいと思えないし、走ろうと思ってもグラウンドに行けませんでした。無理に行ったら、手が震えてくるんです。

(写真 厚地健太郎)

◇     ◇     ◇

 この後、末続さんは休養宣言をし、無期限の休養に入る。その期間をどのように過ごし、9年後の復帰に至ったかを次回記事で紹介する。

末続慎吾(すえつぐ しんご)さん
元五輪陸上メダリスト、陸上短距離プロアスリート
末続慎吾(すえつぐ しんご)さん 1980年熊本県生まれ。東海大学大学院修士課程修了。同大陸上競技部時代、高野進さん(元400mランナーで日本記録保持者)に指導を受け、2003年世界陸上パリ大会200mで3位となり、日本短距離界史上初のメダルを獲得。2008年北京五輪4x100mリレーで銅メダリストに(その後、優勝したジャマイカのドーピングによる失格により、銀メダル獲得に)。2015年プロ陸上選手として独立。ベスト記録は100m 10秒 03 、200m 20秒 03(日本記録)。現役アスリートとして走りながら、自身が主宰するEAGLERUNのメンバーとして、陸上競技の指導やスポーツイベントの参加など活動は多岐にわたる。

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