60代は感染率50%! なぜピロリ菌で胃がんになるのか?
強酸性の胃の中で生き、炎症を起こす仕組みとは?
二村高史=フリーライター
ここ数年で「胃」を取り巻く病気の常識が根底から覆されている。これまで多くの人の命を奪い、「死の病」であった胃がんが、未然に防ぐことのできる「感染症」に変わりつつある。そのキーワードは「ピロリ菌」だ。
前回の記事では、ピロリ菌が人間の胃にすみ着いて、胃潰瘍や胃がんの発症を促すことを紹介した。驚くべきことに、胃がんの原因の99%はピロリ菌だという。今回は、前回に引き続き、国内のピロリ菌研究では中心的な存在である国立国際医療研究センター理事・国府台病院長の上村直実先生に、ピロリ菌が胃がんや胃潰瘍を起こすメカニズムを聞いていく。
ピロリ菌とはどのような細菌なのか
一般には、広くピロリ菌と呼ばれているが、正しくは「ヘリコバクター・ピロリ」。「ヘリコ」はギリシャ語で“らせん”を意味し、主翼がぐるぐる旋回するヘリコプターも語源は同じである。「バクター」はバクテリアと同じく細菌を表す。つまり、「ヘリコバクター」は、「らせん状細菌」という意味である。
その名の通り、ピロリ菌はしっぽのような鞭毛(べんもう)を旋回させながら動き回る。
胃の内部には強酸性の胃液が分泌されているので、長い間、胃に生息する細菌はいないと考えられていた。そのために、19世紀にピロリ菌が発見されていたにもかかわらず、本格的な研究が進んだのは1980年代になってから、わずか30数年前のことである(詳しくは第1回を参照)。
では、なぜピロリ菌は強酸性の胃の中で生きていられるのか。実は、その秘密こそが、ピロリ菌が人体に悪さをする理由と深く関係していた。
「ピロリ菌は胃粘膜の中にすみ着き、ウレアーゼという酵素を出して胃粘液中の尿素を分解してアンモニアを作ります。アンモニアはアルカリ性ですから、これによって胃液が中和され、ピロリ菌がすみやすい環境になります。そして、アンモニアに加えてピロリ菌自身が放出する活性酸素や毒素などによって、胃の粘膜に炎症を起こします。この胃炎の状態が続くことで、胃潰瘍や胃がんが発生しやすくなってしまうのです」と上村先生は説明する。
ピロリ菌に感染していても胃潰瘍や十二指腸潰瘍を発症するのは全体の約2~3%だという。逆にいえば、ピロリ菌に感染していても気づかないで過ごしている人が大勢いるわけだ。