ほおづえや腕組みは「筋力低下」のサインか?
人間工学に基づいた、体に優しい家具に要注意
松尾直俊=フィットネスライター
ビジネスで多忙を極める日本の30~40代は体力の低下が著しく、5人中4人が将来寝たきりになる「ロコモティブシンドローム」の予備軍とされている。パワフルに働き、50代以上になっても健康的な生活を維持するには、正しい運動、食事、休養を行うことが大切だが、誤った健康術にまどわされ、成果が出ずにいやになってしまうケースも少なくない。そこで、著名トレーナーの中野ジェームズ修一氏が誤った健康常識を一刀両断。効率的で結果の出る、遠回りしないための健康術を紹介する。

まったく運動をしないでいると、人間の筋肉量は20代をピークに、年に約1%のペースで減っていく。これはサルコペニアと言って、男女を問わず、誰しもが避けられない現象だ。「まだ若いから」「自分は大丈夫」と過信して何も対策をしないでいると、将来的には筋肉が減り過ぎて、運動器に障害を来してしまって寝たきりになる「ロコモティブシンドローム」に陥る可能性も出てくる。
その兆候はどんなところに現れるのか。そしてどんなことに気をつければ良いのか。一流アスリートから一般人まで、フィジカルトレーニングをサポートしているトップトレーナー、中野ジェームズ修一さんの視点で語ってもらった。
オフィスや外出先でよく見かける姿勢が筋力低下のサイン
「オフィスのデスク、少し気分を変えて仕事をしようと思って立ち寄ったカフェ。女性がほおづえをついていて、男性が腕組みをしている姿を見かけることがよくありませんか。逆に腕組みをしている女性の割合は少なく、ほおづえをつく男性も少ない。これはどんな理由があるか分かりますか」(中野さん)
卓球の福原愛選手や青山学院陸上部駅伝チームのフィジカルトレーナーを務める中野ジェームズ修一さんは、こう話し出した。確かに中野さんが言う通り、ほおづえをつくのは女性が多く、腕組みをしているのは男性が多い。トレーナーの視線で観察していると、そこには明確な理由が見えてくるのだと言う。
「一番大きな理由は筋力に関係しています。ほおづえも腕組みも若い人たちはあまりやりません。OLやビジネスパーソン、それに年齢を重ねた人のほうが、そういった姿勢を取ることが多くなりますよね。これは明らかに筋力が低下しているからなのです」(中野さん)
加齢による筋力低下、サルコペニアという現象だ。人は誰しも、20代をピークに筋肉量が年に約1%の割合で減っていく。これは避けられない現象なのだ。
「まず、女性がほおづえをつく理由について説明しましょう。人間の頭部の重さは体重の約10%とも、約5kgとも言われています。それだけの重さのものが載っている位置を考えてください。背骨の一番上のところですよね。背骨は、骨盤部の腰椎(ようつい)が一番太く、胸椎(きょうつい)、頚椎(けいつい)と上に行くにしたがって細くなる、24個の椎骨(ついこつ)という骨が重なっています。積み木を重ねて行くのと同じで、上に行くにしたがって小さくなるほうが崩れにくいという、非常に理に適った形をしているのです」(中野さん)
しかし、頚椎の一番細い部分に大きな頭部が載っていることが、問題を生じさせているのだと中野さんは言う。
「人類は脳を発達させるために頭部が大きくなりました。それを安定させるには、本来、頚椎はもう少し太い構造のほうがいいのです。しかし、進化の過程でどうしてもこのようなバランスになってしまったので、首から肩にかけての筋肉は、一日中、かなりの負担を強いられています。頭が前に落ちる、傾くのを防いでいるのは『頭板状筋』という筋肉です。当然、この筋肉も年齢を重ねると減ってきます。それで首や肩が疲れやすくなり、ほおづえをついて頭を支えるようになるのです」(中野さん)
顎の下に手を添えて頭部を支えると、頭板状筋にかかる力が抜ける。その姿勢が楽だから、つい、ほおづえをついてしまうのだ。また、「そういう姿勢を取る人の大半は背中の筋肉の力もなく、猫背気味になっている人が多い」(中野さん)と言う。
「街の中や打ち合わせの席で、そういう姿勢を取る人をトレーナーの視線で見ると、この人は頭板状筋から背中の筋肉が弱いな、と判断するんですよ(笑)。今はオフィスの椅子でも、体の重さを分散したり、ヘッドレストが付いているものがありますから、そういったもので疲れを少なくして、快適に生活しているんだろうな、と。また、寝るときも良い枕を使って、首に負担がかからないように注意しているのかもしれないなと想像します」(中野さん)
しかし、そうした“健康志向”が実は筋力低下の原因となっていたようだ。
