日経グッデイ

がんになって気付いたこと

自分が納得してがん治療を受けることが後悔を減らす

肺がん患者会・ワンステップ!代表 長谷川一男さん「自分は、ひとりではない」(前編)

 長谷川一男=ワンステップ!代表

診断に至るまでの経過、治療法、病気の状態など、がんのエピソードは人それぞれ。がんと向き合った人々がその経験から「気付いたこと」は、今を生きる私たちが忘れてしまいがちな発見や希望に満ちています。自身も肺がん患者である、日経BP社の山岡鉄也が、がんと向き合った人々に話を聞き、「気付いたこと」について触れていきます。

 2015年の4月に肺がん患者の会ワンステップ!を立ち上げた長谷川一男さん。これまで病後の経過が良くなかった肺がんは、医療の進歩により予後が長くなり、患者同士の情報共有が求められるようになりました。インタビューの前編では、「わからないことをわからない状態のままにするのがすごく嫌」と自己分析する長谷川さんに、がんと診断されるまでの機微と、全国で初めて肺がんの患者会を立ち上げた経緯について話を聞きました。

最初に、長谷川さんががんと診断された経緯を聞かせてください。

長谷川一男さん(肺がん患者会 ワンステップ!代表)
1971年生まれ。テレビディレクターとして働くが、2010年に肺がんと診断される。2015年4月に肺がん患者会 ワンステップ!を設立し、代表を務める。

長谷川 今でも日付をはっきり覚えていますが、2010年2月25日に救急病院に駆け込んだのが発端です。その1、2週間前くらいから咳がひどくて、市販のかぜ薬を飲んでもおさまりませんでした。ひどいかぜだなあと思っていたら、3日前くらいから首の横のあたりが大きく腫れてきたんです。

 当時は知りませんでしたが、上大静脈症候群といって、血管が詰まって起こる肺がんの症状の一つでした。

 「これはただ事ではない」と思って、妻と一緒に近くのかかりつけ医を受診したら、救急病院に行くよう勧められました。そこで夜間救急外来に行くと、若い医師がレントゲン写真を見て「CTを撮りましょう」というんです。CTを撮ると今度は担当がベテラン医師に変っていて、「肺炎かもしれないですねえ。なんでしょうねえ」といった具合で、話がいっこうに前に進みません。

 CTの画像には、肺に雪だるまのような白い大きい影が映っていて、素人目にも異常だとわかりました。どんどん状況が悪くなっていくのを自覚していましたが、心は追いつかなくて、「ひょっとして、がん?」と頭に浮かんでも、必死に打ち消していました

 でも、そうこうするうちに、医師は診断があいまいなまま話を終えようとしていることに気が付きました。僕は性格的に、わからないことをわからない状態のままにするのがすごく嫌なんです。これはもう聞くしかないと思って、「これはどう見てもがんですよね」と聞いたら、「はい、そうです」とあっさり言われてしまいました。

自分から聞いたのですか。勇気がありましたね。

長谷川 ええ、はっきりしない、宙ぶらりんの状態にいることが耐えられませんでした。

 がんの告知って、普通は段階を踏みますよね。要検査と言われて精密検査をして、もっと大きな病院でもっと詳しい検査を受けてと、心の準備も段階を踏んでいくもの。担当した医師は、僕にいきなり「がんです。かなり進行していますね」と言えなかったのでしょう。

いきなりの告知は、大きなショックだったのではないですか。

長谷川 はい。ダメージは大変なもので、4日間くらい一睡もできませんでした。その間、意識がはっきりしたまま、全然眠くならない極度の緊張状態だったと思います。気持ちが空回りして、「もう、一生病院から出られない」と不安が膨れあがっていったことを鮮明に覚えています。

「1日1日を大切に生きてください」と医師から言われて

冷静さを取り戻したのはどのくらい経ってからですか。

長谷川 いつから冷静さを取り戻したという感覚は、あまりないんです。

 眠れなかったのは姿勢の問題もあったようです。肺がんでは、横たわると呼吸が苦しくて眠りにくいんですよ。病理検査で確定診断がつくと、「斜めに背を起こして寝るといいですよ」と看護師に教えてもらい、おかげで少し眠りやすくなりました

 でも、確定診断がつくと、また大きなショックが待ち受けていました。僕のがんはEGFR遺伝子(*1)に変異がなくて、分子標的薬のゲフィチニブ(商品名イレッサ)が効かないことがわかりました。それはまた大変なショックでした。余命10カ月と言われて、自分は一体、このままどうなってしまうのだろうと落ち込みました。

 多少気持ちが落ち着いていったのは、国立がん研究センターでセカンドオピニオンを受けたのがきっかけです。医師が僕の顔をじっと見て、目に涙をためながら「長谷川さん、1日1日を大切に生きてください。これはそういう病気です」と言ったんです。それまでの緊張状態に、医師の言葉はすっと入ってきて、「ああ、そうか。そういう生き方をするしかないんだな」と思ったら、覚悟が生まれたように思います。

*1 EGFR遺伝子 EGFRはがん細胞の表面にある受容体で、この遺伝子に変異があると、がん細胞が際限なく増殖してしまう。ゲフィチニブは、この受容体に結合して活動を抑え込む。

自分で納得することが大切

治療を受けていく上で、気が付いたことはありますか。

長谷川 自分自身が納得して治療に臨むことが、何より大切だと思います。

 僕は最初の診断はステージIIIbで、その後に骨転移がわかってステージIVになりました。骨転移が見つかったときに、CTでは映っているのにPET(*2)では反応しなくて、本当に骨転移なのか疑問がありました。

 主治医がいろいろ調べてくれたのですが、よくわからなくて、「医療の限界でしょう。これが骨転移であるかどうかで、今の治療は変りませんから、当面、このままにしておきましょう」と言われました。あいまいなままにして治療を続けていくことに、強烈な拒否反応がありました。骨転移のあり・なしで将来の展望がかわってきますからね(*3)。

 それで、自分でネットを調べたり、セカンドオピニオンを受けたりするうちに、ある放射線診断医がPETには反応しないタイプのがんもあると報告していることがわかりました。そこで、その人にセカンドオピニオンを受けに行ったら、なぜPETには反応しないのか、僕は今どういう状態なのかということを丁寧に説明してくれました。その結果、ステージIVが確定して希望は打ち砕かれたのですが、僕の心はむしろ晴れ晴れとしました

 その体験から、自分が納得して治療することが、とても大切だと気付きました。自分がしっかり納得した上で治療をしていけば、例え結果が悪くなっても、最善を尽くしたのだから、後悔はしない。そう考えられるようになりました。

*2 PET 陽電子放射断層撮影(Positron Emission Tomography)の略で、がんの検査法のひとつ。がん細胞がブドウ糖を取り込みやすい性質を利用して、小さながんでも発見できる。
*3 肺がんの治療ガイドラインでは、ステージIII以下ならステージ(病期)が下がり、抗がん剤の後に放射線や手術という治療法が選択できるようになる場合もある。ステージIVでは、治療法は抗がん剤しか選べない。

大勢の先輩たちの知見が消えてしまう現状…

ところで、長谷川さんは、肺がん患者の会ワンステップ!を立ちあげられましたね。その経緯を教えていただけますか。

長谷川 僕が肺がんと診断された当時は、日本には肺がんの患者会は、ほとんどありませんでした。でも、ブログやホームページで情報発信をしてくれる先輩たちがいて、僕はその人たちの発言に勇気づけられたり、投稿して話を聞いてもらったりしていたんです。

 ところが、そういうサイトは、中心になっている方が亡くなると、半年後くらいにサイトが全部消えるんです。おそらく、料金が支払われなくなるからでしょう。無料のブログは残りますが、「卒業されました」という文章がいつまでもあると、入る気が起こらなくなってしまいます。すると、せっかく積み上げられていた患者の経験談とか工夫とか、本当に貴重なものが全部消えるんですよ。集まっていた患者のコミュニティもなくなります。それがすごくショックでした。

 これは肺がん患者の宿命かもしれませんが、先人の知見が継承されないのは、非常にもったいないことです。そのために、新たに肺がんになった人は情報を得られずに、すべて初めての体験として、右往左往していかなくてはなりません。先人の知見を継承していきたい。そのためには、患者会を作ったらどうだろう。そう考えて、2015年の4月に肺がん患者の会ワンステップ!を立ちあげました。

ワンステップ!として、どんな活動をされていますか。

長谷川 ワンステップ!には、3つのテーマというか目標があります。

 まずは「分かち合い」。患者同士が集まって、共感を得られる場を作ります。たとえ何も解決しなくても、わかり合える者同士で話をするだけで、心が落ち着きます。そのために、2カ月に1回くらいの割合で、実際に集まって話をするおしゃべり会を開いています。

 2つめは、「知って考える」。先にお話したように、自分で納得して治療を受けることが大切なのですが、そのためにはさまざまな情報を勉強しなくてはなりません。そこで、週に1回くらいブログを更新して情報提供などをしています。

 3つめは、「発展・継承する」。この4月に昨年末に申請していたNPO法人の認証が下りました。法人化すれば活動の幅が広がるし、継承されていく基盤が整うと思います。

将来的に、どんなことをしていこうと思われますか。

山岡鉄也(日経BP 広告局プロデューサー)

長谷川 最初はひとりで始めた患者会ですが、だんだん志を同じくする仲間が増えてきました。そこで、例えばブログで情報発信するだけではなく人を集めて講演会をするとか、いろいろな企画を立てて実行していくつもりです。

 例えば、2016年7月29日の日本臨床腫瘍学会の患者プログラムで「患者が変えるがん医療」について講演しました。

 僕は、そこでは治験についてお話してきました。治験は臨床試験であって治療ではないとされていますが、使える薬が残り少なくなってきた患者にとっては、貴重な選択肢のひとつです。でも、治験の情報は患者にはなかなか入ってこないなど、治療と考えたときには、たくさんの問題があります。そこで、まずは現状を明らかにした上で、これからどうすればいいのか考えていこうと思います。

ワンステップ!の活動を通して気付いたことはありますか。

長谷川 「自分はひとりじゃない」と思えるようになりました。肺がん患者といっても、一人ひとり病状は違うし、性格や生活環境も違います。だから、治療に対する向き合い方とか考え方は、人それぞれでいいんです。でも、同じ方向を向いている人がいて、「自分はひとりじゃない」と思えることは、とても大切だと思います。

 ワンステップ!は会員が現在400人になっています。予想外に多くて、みんなが患者会を必要としていたことを実感しています。会員の方からは、「情報ありがとうございます」と感謝されますが、ワンステップ!をやっていくことで仲間ができて、僕自身がとても助けられています。

 肺がん患者の生存率が延び、患者同士のつながりが大切になってきたと話す長谷川さん。患者会の設立によって、医療者からも一目置かれるようになったそうです。 次回は、患者会の役割のほか、長谷川さんががんになって気付いたことについて伺います。

(写真:清水真帆呂/文:梅方久仁子)

聞き手:山岡鉄也
日経BP 広告局プロデューサー
2010年、肺がん(ステージIV)と診断される。入院や通院での治療の後、復職。2012年4月から2016年3月まで国立がん研究センターの患者・市民パネルメンバー。自らの経験を生かして、がんと就労が両立できる社会を目指して、「がんと共に生きる」「がんと共に働く」をスローガンにその環境整備をライフワークにしている。