日経グッデイ

「怒り」との上手な付き合い方

考えるトレーニングで「怒り体質」は徐々に変わっていく

「対症療法」でとっさの怒りを防ぎ、「体質改善」で「怒りにくい人」に

 山口佐知子=ライター

 現代社会はストレスがいっぱいだ。物事が思い通りにいかないとつい怒ってしまい、後で怒った自分に落ち込む。「こんな悪いサイクルから脱したい」――そう思っている人は多いだろう。ただ思いに任せて「怒る」のは、百害あって一利なし、しかも「怒りっぽい人は病気になりやすい」という研究結果も出ている。
 そこで特集では、「怒り」を上手にマネジメントする方法を紹介する。今回は、“怒りの感情をコントロールする”トレーニング法「アンガーマネジメント」を使って、怒りと上手に付き合うための具体的な方法を紹介していく。

思いに任せて怒ってばかりいては、百害あって一利なし。“怒りの感情をコントロールする”トレーニング法「アンガーマネジメント」の考え方を学び、怒りと上手に付き合う方法を身につけよう (©imtmphoto -123rf)

 前回は、「怒り」を生み出しやすい現代社会の現状と、健康への影響、そして、企業やスポーツ選手などで「怒りを上手にコントロールして、プラスの効果に好転させよう」という取り組みが広がっていることを紹介した。これが、1970年代にアメリカで開発された「アンガーマネジメント」という手法だ。今回は、アンガーマネジメントを使って、怒りを具体的にどうコントロールしていくかを紹介する。

 日本におけるアンガーマネジメントの第一人者である、日本アンガーマネジメント協会代表理事の安藤俊介さんは、「怒りを感じる出来事が起きたとしても、人によって怒りの感情が心身面に及ぼす影響に格段の差が出ます」と話す。アンガーマネジメントが身についている人は、怒りへの耐性が強く、怒りの感情とうまく折り合いをつけていくための考え方が自然にできているという。

怒りが発生するまでの3つのステップ

 では、具体的には「怒り」が発生したときに、どう捉え、怒りの感情と折り合いをつけていくのか。まずは、意外と知られていない「怒りのメカニズム」を見ていこう。安藤さんは、「怒りが発生するまで、3ステップの段階を踏みます。ここで重要になるのが、Step2の『出来事の意味づけ』です」と話す。

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 「この例を見ていただければわかりますが、出来事そのものが、怒りを生んでいるわけではありません。自分が遭遇した出来事に対して、『これはどういう意味があるのか』を自分の価値観や考え方をベースに意味づけをして、『これは許せない』『間違っている』と感じたとき怒りの感情が発生するのです」(安藤さん)

 足を踏んだ相手が、ケースAのように足下のおぼつかない高齢者であると認識したことで、「足を踏んだのは故意ではなかったはず」「もともと足元がおぼつかないのなら仕方ない」などと推測や解釈ができるので、怒りは発生しないし、一瞬ムッっとしたとしてもすぐ静まります。一方ケースBでは、自分自身の中で「自分より年下なら謝って当然だろう」「自分から謝るべきなのに、にらんでくるとは何事だ」といった判断をするため、怒りの感情が芽生えることになる。

 「このように、怒らせているのは出来事そのものではなく、「出来事の意味づけ」にかかってきます。自分自身がその出来事をどう捉えるかが極めて大切で、その後の結果は大きく変わってくるのです」(安藤さん)

 「ケースBの場合でも、『なんだよ、謝りもしないで!』と一瞬思っても、『ここで相手を怒鳴っても、結局は怒って損するのは自分だな』と意味づけできれば、怒りを爆発させることなく、自分自身を落ち着かせることができるようになります」(安藤さん)。怒りを生じさせる出来事に遭遇しても、適切な対処法さえ知っていれば、心身ともに傷つくことなく、怒りを静めることができるのだ。こういった考え方や対処法を身につけ、許容範囲を広げていくことがアンガーマネジメントによるトレーニング(後述する「体質改善」)となる。

「対症療法」と「体質改善」という2つのアプローチ

 同じような出来事を経験しても、怒る人もいれば怒らない人もいる。安藤さんはこれを「怒りはアレルギーに似ている」と例える。「私達が日々怒る理由は人それぞれです。待ち合わせの場合も、時間に間に合えばいいという人もいれば、5分前に来ていないとダメだという人もいます。『花粉』『金属』などアレルギー反応の原因は人によって違うのと同様に、怒る原因も人それぞれなのです。出来事そのものが悪いわけではなく、誰もがその出来事で怒るわけではないのです。怒りっぽい人は、反応する出来事が多すぎる人のことです」(安藤さん)

 では、怒りという感情とどう上手に付き合って、「怒りっぽい」人から脱却できるのだろうか。

 安藤さんは、アレルギーの治療法と同じで、怒りのマネジメントには、「対症療法」と「体質改善」という2つのアプローチがあると説明する。

 「自分の中に生じた衝動的な怒りを“とりあえず”抑える『対症療法』と、怒りやすいという自分の性格そのものを変えていく『体質改善』という2つの方向からのアプローチが効果的です」(安藤さん)

 つまり、「目の前の出来事にカチンときたときにはどうするか」「長い目で見て怒りっぽい人にならないためにはどうするか」といった2つの視点からトレーニングするのがおすすめ、というわけだ。

 いずれも重要なトレーニングで、一方だけやればいいというものではない。だが、安藤さんは「まずは対症療法から覚えるといいでしょう」とアドバイスする。実際、アンガーマネジメントのセミナーで、受講者からのニーズで多いのが「とっさの怒りを鎮める方法」なのだという。

 実際にどのようなことをしたらいいのか、安藤さんにそれぞれのトレーニング方法の中からいくつかを挙げてもらった。

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 怒りを感じる出来事があったとき、まずは「6秒数える」ところから実践するといいだろう。上司などから怒られたときなど、沈黙が気になるときは、「はい」などと相槌を打つだけでいい。「とっさに言い返さないことが重要です。売り言葉に買い言葉になり、まずいいことはありません。『6秒数える』というと一見簡単そうに思えますが、最初からできるわけではありません。繰り返し練習(トレーニング)することが大切です」(安藤さん)。

 対症療法の中で安藤さんは、3番目の「怒りに点数を付ける(レベル付けする)」方法を習慣化することが効果が高いという。

 「アンガーマネジメントのセミナーでは、必ず実践してもらっています。実際、これを習慣化できた受講生からは、『その場で感じた怒りをかなり鎮められるようになった」という感想をいただきます。怒りのレベルが低いと、「こんなことで怒っても仕方がない」と我に返ったり、点数付けを考えることで意識が目の前の怒りに行かず、その間に収まってきます。繰り返すと、怒りのレベルをかなり正確に把握できるようになり、怒る回数も減っていきます」(安藤さん)

「体質改善」で「怒りにくい体質」を目指す

 次は、怒りの体質改善だ。「先ほどはまずは対症療法からと話しましたが、怒りのマネジメントをする際、本当に重要になるのはやはり『体質改善』です。「怒りにくい体質になれば、そもそも対症療法は不要になるからです」(安藤さん)

 体質改善についても、効果的なトレーニングをいくつか教えてもらった。

怒りの体質改善法<1>:「思考」のトレーニング

自分の許容範囲を広げて、イライラを減らす
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 その人の価値観によって、「許せる」「まあ許せる」「許せない」という三重の円があると想定した場合、怒りやすい人ほど「まあ許せる」ゾーンが狭い。自分の怒るポイントや傾向を振り返り、「まあ許せる」の範囲が適正かどうか見直してみよう。

 「日本人には100点主義の人が多くいます。どうしても100点でないと許せないという人です。けど、実際には70点でも『まあ許せる』こともたくさんありますよね。この『まあ許せる』ゾーンを広げていくのです」(安藤さん)

 たとえば、待ち合わせの時間があって、相手が「10分前に来る(許せる)」「5分前に来る(まあ許せる)」「やや遅れて来る(許せない)」という場合、相手が時間ピッタリに到着しても、5分前に来ていないからこちらはイラッとしてしまうことになる。そこで、「遅刻しない時間であれば、まあ許せる」というように、自分の「まあ許せる」ゾーンを広げて考えることを習慣づける。すると、長期的に相手に対してのイライラが少なくなっていく。

怒りの体質改善<2>:「行動」のトレーニング

 自分の怒りを、「変えられるか、変えられないか」「重要か、重要でないか」という視点で分類して、行動をコントロールしていく。具体的には、図のような4つのマトリクスに振り分ける。そして、「変えられない×重要」「変えられない×重要ではない」に入ったものは怒ってもムダと考え、現実を受け入れる。「変えられる×重要」「変えられる×重要ではない」に入ったものは、「何を」「いつまで」「どの程度」やる必要があるか具体的な対策を考える。このように、「最終的なアクションまで落とし込むように“考える”習慣を身につけると、感情だけで怒る前に、きちんとコントロールされた行動を取れるようになっていきます」(安藤さん)

怒りを「重要性」と「変えられるか」で分析して、マトリックスにあてはめる
怒りの要因、対象を「自分でコントロールできるかどうか」「重要であるかどうか」の視点で分析して4つのマトリクスにあてはめてみる
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 「これらのトレーニングを積み重ねていけば、徐々に『怒り体質』は変わってきます。しかし、『体質』を変えるのはそんなに簡単ではありません。アンガーマネジメントは魔法ではありません。練習、トレーニングを続けることが大切です。気長にゆっくり取り組んでください」(安藤さん)

「べき」「絶対」「必ず」は使わない

 怒りが込み上げてきたとき、つい怒りにまかせて余計なひと言を言ってしまい、後から後悔した経験がある人は多いだろう。「言葉にしなければ、とりあえず大ごとにはなりにくいものです。実際、怒りに振り回されない人は、意識的に“いくつかの言葉”(NGワード)を口にしないように心がけています」と安藤さんは話す。

 代表的な「NGワード」は、「べき」「絶対」「必ず」「前から」「いつも」などだ。これらの言葉を口にしないことで、相手の怒りを誘発するリスクを下げ、深刻な問題に発展するのを防ぐことができる。

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 上記のようなフレーズは、誰もがうっかり口にしてしまいそうなものばかり。これらは、言い方を変えることで相手の怒りを誘発せず、円滑なコミュニケーションにつながる。「これらのNGワードを使いそうになったら、一度グッと飲み込んで、もっと別な言い方を探る習慣を身につけるようにしましょう。日常的に口にする言葉を意識して考えることは、怒りの感情をコントロールするための効果的なトレーニングになります」(安藤さん)

 また、安藤さんは、とにかく穏やかな口調を心がけ、怒ったときほどゆっくり話すことを心がけるべきだとアドバイスする。「人間の受け取り方は不思議なもので、言葉の意味より、言い方の方が印象に残るものです。『何を言うか』より、『どう言うか』が重要なのです。怒っていても、穏やかな口調を心がけ、ゆっくり話すようにしましょう。それだけで印象はガラリと変わります」(安藤さん)

        ◇        ◇         ◇

 7月29日公開の次回では、ヒトのからだと脳の働きを研究している自然科学研究機構生理学研究所の教授で、医学博士の柿木隆介先生に、怒りと脳の関係について話を聞いていく。

安藤俊介(あんどう・しゅんすけ)さん
日本アンガーマネジメント協会代表理事
安藤俊介(あんどう・しゅんすけ)さん 1971年群馬県生まれ。外資系企業、民間シンクタンクなどを経て渡米。アンガーマネジメントの理論、技術を習得。「アンガーマネジメント」の日本の第一人者。企業や医療機関などで多数の研修、セミナーを担当する。主な著書に、『怒りに負ける人 怒りを生かす人』(朝日新聞出版)、『イラッとしない思考術』(ベストセラーズ)、『「怒り」のマネジメント術』(朝日新聞出版)など。
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