日経グッデイ

仕事に役立つメンタルトレーニング

実は地道な努力の賜物! オリンピック選手が実践する大一番で心を落ち着かせる方法

理想的なコンディションを保つための心のセルフコントロール術

 西門和美=フリーライター

 「これから重要な商談だ。なんとしても失敗するわけにはいかない!」。踏ん張りどころだと思って気合いを入れれば入れるほど、緊張が高まりすぎてパフォーマンスが落ちてしまう……。そんな経験はないだろうか。過度な緊張は、冷静さを欠如させ注意力を散漫にしてしまう。オリンピックに出場するスポーツ選手やプロのスポーツ選手たちは、そうしたプレッシャーをどのようにはねのけ、平常心を保っているのだろうか。ビジネスパーソンがそこから学べることはないか。
 今回は、心を落ち着けてピンチを回避させてくれる“リラクセーション”のテクニックを、スポーツ選手に向けてメンタルトレーニングを行う東海大学体育学部教授の高妻容一さんに教えていただく。

プレッシャーから心を解放する“リラクセーション”

オリンピックに出場する選手たちは、プレッシャーをどのようにはねのけ、平常心を保っているのか(©Joop Hoek 123-rf)

 頭の中が不安や迷いでいっぱいになり、体がこわばって呼吸が乱れたり、行動に落ち着きがなくなったりする。周囲からの期待や責任を背負い、緊張にさらされることの多いビジネスパーソンなら、誰もが経験したことがある生理現象だろう。

 ましてや、多くの人の期待を背負って闘うオリンピックやプロのスポーツ選手の、試合直前の緊張たるや、想像を絶する。

 「どんなに技術の高い選手でも、それだけでは『ここぞ!』というときに緊張してしまう心の働きにはなかなかあらがえない。とはいえ、体や行動にこのようなマイナスの変化が出ていては、思うように力を発揮できないのは当然です」(東海大学体育学部教授の高妻容一さん)。

 そこで高妻さんは、スポーツ選手やチームのために、緊張をゆるめて理想的なコンディションを取り戻すためのリラクセーションプログラムを構築した。メンタルトレーニングを始めて半年~1年の選手(チーム)なら、このプログラムを毎日20~30分かけて実践すれば、同じプログラムを試合の前にも実行することで、平常心を取り戻し、いつでもどこでもリラックスができるという。

 「同様のトレーニングは、米国のほとんどのオリンピックチームが取り入れているほか、大リーグ(プロ野球)、NBA(プロバスケットボール)、NFL(プロアメリカンフットボール)、NHL(プロアイスホッケー)でも実施しています。錦織圭選手の所属するIMGアカデミーでも、小学生・中学生・高校生が週に1回ほどの頻度でメンタルトレーニングを行っています」と高妻さんも話すこのプログラム。まずは「百聞は一見にしかず」ということで、どんなものか見てみよう。

一流選手たちが実践するリラクセーションプログラム

 ≪リラクセーションプログラム(全20~30分)≫

1. リラクセーション音楽を聴く
 落ち着いたリズムの静かな音楽を最低30秒は聴き、呼吸を安定させる

2. 褒め合う
 2人1組などになって互いの長所を3つずつ挙げて褒め合い、プラス思考にもっていく(1人の場合は省略)

3. ヘッズアップ
 胸を張って上を向き、自信があるときの姿勢をとることで、さらにプラス思考に持って行く

4. セルフマッサージ
 深呼吸をしながら心地よい刺激を与えるよう手でゆっくり顔をほぐした後、背中やお腹、足など全身をくまなくセルフマッサージをする。こうして皮膚に刺激を与える

5. あくび
 「ふわわわ~」「ん~~」などと大きな声を出しながらあくびをして、体を思いっきり伸ばすことで気持ちを切り替える。

6. 呼吸法
 手の動きに合わせて呼吸を行い、平常心を作る

鼻からゆっくり息を吸いながら、両手を胸へ上げる(左端)。口からゆくり息を吐きながら両手を下す(左から2番目)。続いて両手を前方に伸ばし、鼻から息を吸いながら両手を横に広げ(左から3番目)、口から吐きながら両手を元の位置に戻す(右端)。さらに、鼻から息を吸いながら両手を体側から前方へ上げ、口から吐きながら両手を下ろすなど、体の動きと呼吸を連動させる。
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7. ストレッチ
 両手を挙げたりひねったりするストレッチに呼吸を連動させる

両手を組んで上に挙げ、鼻から5秒息を吸う。そのまま5秒息を止めて意識を両肩の感覚に集中させ、7秒かけて口から息を吐くと同時に両肩がリラックスするのを感じる。
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続いて、両手を横に伸ばして手首をひねり、5秒息を吸って5秒止める。7秒かけて吐きながら、肩の筋肉がリラックスするのを感じる。両手を前や後ろに伸ばした状態でも手首をひねり、同様に呼吸を連動させながらリラックスを体感する。
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8. 漸進的弛緩法
 体のパーツごとに緊張とリラックスを体感する

鼻から5秒息を吸いながら右手を握りしめる。5秒息を止め、手が震えるくらいに強く握りしめたら、7秒かけて口から息を吐き出しながら手をゆるめ、5秒リラックス。同様に左手も行い、足や顔なども同じ要領で緊張と緩和を体感する。立って行った後、仰向けでも同様に行う。
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9. リラクセーション音楽を聴く
 そのまま3分過ごす

10. 目を覚ます動作を行う
 肩を回したりあくびをしたりする

 いかがだろうか?「意外に簡単!これなら自分にもできそう」と思った人もいるかもしれないが、多くの人は「毎日20~30分も行った上に、大事な本番の直前にもやらなければならないなんて大変。『1日3分だけ』『本番の直前にこれさえすればいい』といった、もっと気軽にできるバージョンはないのだろうか」などと思ったに違いない。

 こうした疑問を高妻さんにぶつけたところ、このような答えが返ってきた。

リラクセーションは毎日の積み重ねで鍛えられる力であって、
誰でもすぐにできる“魔法”ではない

 「メンタルトレーニングは毎日実施するのが常識。本番で力を発揮する方法を、知識として知っていても、その知識を使いこなせなければ意味がありません。スポーツの技と同じく、毎日コツコツと積み上げて何年もかけて心理的スキルを身に着け、洗練させて試合で使えるようにしてくものです。毎日やるからこそ、メンタル面が強くなって、本番で役に立つのです。日本のスポーツ界は30年遅れでメンタルトレーニングを導入したため、指導者や選手、スポーツ関係者の中にも、いまだにこれさえやればいいというすぐに使える魔法があると勘違いしているようですが、一晩でできる魔法はあり得ません

 もちろん、5~10分で行うプログラムもないわけではないが、それは、初級編をじっくり実践して、心理的スキルが身に着いた選手(チーム)にのみ紹介しているものだという。

 観る人が固唾をのむほどの緊迫したシーンで、一流のスポーツ選手たちが見せてくれる驚異の精神力は、才能でも、魔法でもなく、そのための地道なトレーニングを毎日コツコツと積み重ねた結果。本気でトレーニングを続けられる人だけが享受することのできる力だったというわけだ。

 「仕事の商談やプレゼンのためだけに、何もここまでやらなくてもいい」と思うならやらなくてもいいが、逆に、プレッシャーに押しつぶされないように本気でメンタル面を強化したいと望む人には、取り組むだけの価値があるプログラムといえるだろう。

(イラスト:島内美和子)

高妻容一(こうづま よういち)さん
東海大学体育学部教授
高妻容一(こうづま よういち)さん 1955年宮崎県生まれ。福岡大学体育学部体育学科卒業、中京大学大学院修士課程体育学研究科修了後、1985年フロリダ州立大学博士課程運動学習・スポーツ心理学専攻に4年半留学。1993年州立フロリダ大学へ1年間の研究留学。近畿大学教養部を経て、2000年より東海大学体育学部へ。現在、教授。2015年にも半年間、米国へ研究留学(IMGアカデミー、オリンピックトレーニングセンター、フロリダ大学、大リーグのチーム等)。1985~2001年日本オリンピック委員会のメンタルマネジメント研究班員。1994年から日本メンタルトレーニング・応用スポーツ心理学研究会をスタートし、事務局・代表を務める。東海大学スポーツサポート研究会メンタルトレーニング部門担当。