糖尿病の処方薬はこのように決められる
宇津貴史=医学リポーター
2型糖尿病治療の基本は言うまでもなく、生活習慣の改善、つまり食生活の見直しと身体活動性の増加だ。しかし血糖が十分に低下しなければ、血糖低下薬が処方される。現在、わが国で用いられている経口の血糖低下薬は7種類、大別すると3つのグループにまとめられる。ドクターは処方薬をどのように決めているのだろう。専門家に解説をお願いした。
糖尿病の原因に合わせた薬を選択
「血糖低下薬の前に、まず2型糖尿病(以下「糖尿病」)の病態について理解してください。私たちは病態に合わせて処方を考えているからです」。こう切り出したのは、横浜市立大学 内分泌・糖尿病内科教授の寺内康夫氏だ。

シリーズ第1回で見たとおり、生活習慣病としての糖尿病は、原因を2つに大別できる。インスリン「分泌低下」とインスリン「抵抗性」だ。
インスリンは増加した血糖を下げるべく生体内で分泌されるホルモンだが、「分泌低下」タイプでは文字通り分泌量が不十分、「抵抗性」タイプはインスリンの「効き」が弱くなる。どちらにしても血糖は十分に低下せず、高血糖が出現する。
ドクターは高血糖の主な原因が、「分泌低下」と「抵抗性」のどちらにあるか考える。そして「分泌低下」が主な原因ならインスリンを増やす薬剤、「抵抗性」がメインならインスリンの効きを良くする薬剤の処方を考慮するのだという。
「高血糖毒性」という悪循環因子
加えて、「高血糖による毒性」も考慮される。
血糖の高い状態が一定期間以上持続すると、インスリン分泌低下やインスリン抵抗性がさらに悪化する。これをドクターは「高血糖による毒性(糖毒性)」と呼んでいる。
インスリンの分泌低下・抵抗性が増強すると、血糖はさらに上がる。まさに悪循環である。そのような場合、速やかに血糖を低下させることにより、インスリンの分泌や感受性が改善する(糖毒性の解除)可能性がある。
「糖毒性の解除も、経口血糖低下薬を選ぶ際には考慮します」と寺内氏は言う。
インスリンを増やす経口薬は3種類
インスリン分泌の低下が主因と思われる糖尿病には、先述の通り、インスリンを増やす薬剤が処方される。現在日本では、大きく分けて3種類の薬剤が使われている。
1つは「DPP-4阻害薬」と呼ばれる薬剤だ。“DPP-4”というのは酵素で、インクレチンを分解する作用を持つ。シリーズ第4回で見たとおり、インクレチンには膵臓からのインスリン分泌を促進する作用がある。従って、DPP-4の作用を阻害すればインクレチン分解が抑制され、インスリン分泌が促される。
もう1つは、「スルホニル尿素(SU:エス・ユー)剤」だ。膵臓がインスリンを分泌するのは、血糖上昇を感知してから細胞の中で、いくつものスイッチが将棋倒しのようにオンになった結果である。これらのスイッチのうち最後から少し前のスイッチを直接オンにして、インスリンを分泌させるのがSU剤だ。その結果、血糖値の高低にかかわらず、インスリンが分泌される。
「他の薬を使ってもインスリン分泌が不十分な際、少量を追加併用するのが、現在の一般的な使い方ではないでしょうか」と寺内氏は指摘する。
SU剤と同じ箇所に作用し、効果が数時間で消失する「グリニド薬」も、インスリン分泌を増やす。空腹時はほぼ正常でも、食後に血糖が上昇する(食後高血糖)患者さんに用いることが多いとのことだ。
DPP-4阻害薬 | 膵臓からインスリン分泌を促進する「インクレチン」を分解する作用を持つ酵素「DPP-4」の働きを阻害 |
スルホニル尿素(SU)剤 | 膵臓がインスリンを分泌するためのスイッチを直接オンにする |
グリニド薬 | 仕組みはSU剤と同じ。食後高血糖の患者によく使われる |
糖の放出を抑え、取り込みを促進するインスリン抵抗性改善薬
インスリン抵抗性を改善する(インスリン感受性改善)には、2種類の薬剤が使われる。 1つは「ビグアナイド薬」だ。この薬は主として、肝臓に作用する。少し細かく見てみよう。
膵臓から分泌されたインスリンが血糖値を下げる仕組みは2つある。その1つが「肝臓による糖生成の抑制」である。血糖が低下すると肝臓は、糖を新たに生成し血中に放出する(肝糖新生)。しかしこれにより一定以上血中濃度が上がるとインスリンが分泌され、インスリンがこの肝糖新生を抑制する。しかしインスリン抵抗性があるとこの抑制が効かない。インスリンが分泌されていても糖新生が止まらないのだ。
ビグアナイド薬は、この肝糖新生に対するインスリンの抑制作用を(完全ではないにしても)正常化し、血糖を低下させる。
もう1つは、「チアゾリジン薬」と呼ばれる薬剤だ。この薬は肝糖新生の抑制に加え、骨格筋にも作用する。正常な骨格筋は、インスリンが分泌されると血中の糖を取り込む。しかしインスリン抵抗性があるとこの取り込みが低下する。「チアゾリジン薬」はこの骨格筋による糖取り込みを正常に近づけ、血糖値を低下させる。
ビグアナイド薬 | 肝糖新生に対するインスリンの抑制作用を正常化し、血糖を低下 |
チアゾリジン薬 | 肝糖新生の抑制のほか、骨格筋による糖取り込みを正常にする |
インスリンと無関係に血糖を下げる薬も
これまで見てきた薬剤と異なり、インスリンの作用と無関係に血糖を下げる薬も2種類ある。
まず、αGI(アルファ・ジーアイ)と呼ばれている薬から見ていこう。
この薬は、腸からの炭水化物吸収を抑制する。そのため、食後の急峻な血糖値増加(食後高血糖)を抑える作用が強い(シリーズ第4回参照)。
「空腹時は血糖値が高くないのに、食後だけ上昇する患者さんでよく使われます」と寺内氏は言う。
SGLT2(エスジーエルティー・ツー)阻害薬は、近年使われるようになった薬剤だ。尿中への糖排泄を増やし、その結果、糖を尿と一緒に体外に捨て去って血糖を下げる。そのため、食後・空腹時を問わず血糖は低下する。さらにこの薬には、体重減少作用や血圧低下作用も報告されている。
αGI | 腸からの炭水化物吸収を抑制。食後高血糖の患者にもよく使われる |
SGLT2阻害薬 | 血中の糖を尿と一緒に体外に捨てる |
安全に服用するために
このように現在では、多くの種類の経口血糖低下薬がある。そのおかげで血糖コントロールは以前に比べ、かなり容易になったという。
しかし「生活習慣病としての糖尿病は、食事制限や身体活動量増加など、生活そのもの改善が基本です」と寺内氏は強調する。「薬で血糖が下がるから」と暴飲暴食に走るなどもってのほかだ。
加えて乱れた食生活は「低血糖」のリスクも増やす。
「低血糖が現れるのは、食事と薬のバランスが崩れた時」(寺内氏)だからだ。また、大量飲酒後も血糖値は低くなる傾向があるという。
「低血糖」の症状といえば、「冷や汗、動悸、手の震え」などがよく知られている。しかしそれに加え「異常行動や、認知症を疑う症状が、実は低血糖により引き起こされていたということもあります」と寺内氏は指摘する。
この異常行動には、判断力低下や感情的不安定、好戦性などが含まれる。いずれもビジネス遂行には大きな障害だ。避けなければならない。
そうなると、血糖低下薬を飲んでいても、やはり乱れた食生活は避けたい。低血糖リスク軽減のためにも、食事は規則正しく適量を食べていたほうが良さそうだ。
これを「面倒」と思うなかれ。低血糖による「異常行動」で仕事上の判断を間違え、そのリカバリーに走るよりはずっと楽なはずだ。