拭い去れない苦い思い出、血管にのしかかる「高血糖の記憶」
宇津貴史=医学リポーター
「高血糖の記憶」。近年この言葉が、糖尿病専門家の間で話題になっているという。決して「甘い思い出」の話ではない。血管にとっては、捨て去りたいのに忘れられない「苦い過去」だ。この「記憶」は、高血糖に一定期間以上さらされた血管に残る。そしてひとたび血管がこの「記憶」を持ってしまうと、血糖低下治療を行っても、心筋梗塞などに対する抑制作用は十分に発揮されない。「糖尿病だが血糖値はそれほど高くない」などと、高を括っている場合ではないのだ。
糖尿病と診断後、早期から積極的な血糖低下を
「糖尿病患者の心筋梗塞を予防するには、極めて早期からの積極的血糖低下が重要と考えられます」。糖尿病患者の動脈硬化に詳しい、順天堂大学糖尿病・代謝内科教授の綿田(わただ)裕孝氏はこう強調する。
根拠は以下の通りだ。

一つは、英国で行われたユーケー・ピーディーエス(UKPDS)という臨床試験である。2型糖尿病(以下、糖尿病)と診断されたばかりで未治療の人達を集め、血糖低下治療を行った。すると20年間の治療後、診断直後から積極的に血糖を下げた人達(平均HbA1c:7.0%)(*1)では、最初の10年間を緩やかな血糖低下治療で過ごした(平均HbA1c:7.9%)人達に比べ、心筋梗塞と死亡が減っていた。
この試験では、後半10年間の血糖値には差がなかった。そのため、「心筋梗塞などの減少は、糖尿病と診断直後から10年間の積極的な血糖低下が、その後10年間経ってから効いた結果(遺産効果)だと考えられています」と綿田氏。
「積極的な血糖低下は早期に始めた方が良い」とするデータは他にもある。
図1は米国で行われた臨床試験の成績だ。こちらの対象は、血糖低下治療を行っていたにも関わらずHbA1cが高かった糖尿病患者である。治療を強化して、血糖値をさらに下げてみた(積極的血糖低下)。
すると、心筋梗塞や脳卒中など心血管系疾患の発症は、糖尿病と診断されてから積極的血糖低下を開始するまでの年数が、短いほど少なかった。心筋梗塞や脳卒中を予防したければ、やはり糖尿病と診断された直後から、積極的に血糖を下げたほうが良いようだ。