疲れたら満員電車を降りてもいい 「ワガママ上等!」でいいじゃないか
アナキズム研究の政治学者 栗原康さんに聞く「生きづらさからの脱却」【2】
森脇早絵=フリーライター
「ある時、満員電車が象徴しているものは、社会そのものなのではないかと気付きました。非人間的な空間なのに、身を置いているうちに当たり前のことになってしまう。こうして本当の自我、つまり自分の思想、感情、本能を見失っていくのではないかと。これはやばいと思いました」。
人を息苦しくさせているものの正体とは、一体何なのか? どのように突破口を開けばいいのだろうか? 前回に引き続き、アナキズム思想を研究する政治学者・栗原康さんにお話を伺った。
満員電車は「異常な空間」だと思った
栗原さんは、大杉栄の思想を研究されているということですが、大杉栄に傾倒するきっかけはどんなことだったのでしょうか?
栗原 高校3年生の時です。僕は、自宅から2時間半かけて千葉県の高校に通っていました。生まれて初めて満員電車に乗ったとき、「こんな異常な空間があるのか」とびっくりしたんです。
満員電車に乗っていると、大の大人が訳の分からない理由でけんかするところをしょっちゅう見かけるんです。ちょっと足を踏んだくらいで、本気でネクタイをつかみ合っているとか。
僕が遭遇した中で一番怖かったのは、近くに座っているサラリーマンが、前に立っている女性の足を踏んじゃったらしくて、激しい口げんかに発展したのを見た時です。
だんだんヒートアップしてきて、サラリーマンが女性のネックレスを引きちぎり、女性は悲鳴を上げていて。最終的に、サラリーマンは「やばい」と思ったようで、駅に着いたタイミングで逃げていきました。
朝の満員電車は、みんな気が立っていますからね。でも、目の前でそんなことが起きると、さすがにびっくりしますよね。
栗原 朝からこの人たちは何をやっているんだろうと、高校生ながら思いました。
でも、人間は不思議なもので、毎日満員電車に乗っていると、その空間に慣れてしまう。僕もいつの間にか慣れてしまって、満員電車で立ったまま寝る手段を編み出したりして(笑)
でも、電車の中でせっかく気持ちよく寝ているのに、前の人がぶつかってくると、イラッとするわけです。僕は大人しいほうなので、切れたりはしないんですが、やっぱりイライラしてしまう。気付いたら自分も、満員電車の空間の一部になっていたんです。
そして高校3年になったある朝のこと。いつものようにつり革に手を掛けながら寝ていたら、電車が揺れた瞬間に、僕の前にいたサラリーマンの肘が僕のお腹に直撃したんです。その瞬間、あまりの痛みに吐いてしまって、彼の靴にかかってしまったんですね。
申し訳ない気持ちはあるけど、お腹は痛いし、気持ち悪いしで、その場にうずくまってしまいました。で、そのサラリーマンは何をしたかというと、大きな声を上げて、持っていたカバンで僕をバンバン叩いたんです。
「すみません」と言いたいけど、気持ち悪さと怖さで声も出なくて。でも、誰も助けてくれなくて。僕は「やばい」と思って、次の駅で降りました。
たぶんラッシュアワーじゃなかったら、そんなことは起こらなかったと思うんです。でも、あの空間では人はそんなふうになってしまう。
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