日経グッデイ

インフルエンザ総特集

この冬のインフルエンザワクチン、A香港型には効果が低い可能性も

専門家を悩ませる「鶏卵馴化」とは? ワクチン不足だけでない新たな懸念

 三和 護=日経メディカル

2017年~2018年シーズンのインフルエンザ流行速報から、知っているようで知らないインフルエンザの基礎知識まで、この特集で一挙解決! インフルエンザ流行マップはこちら毎日更新中です。

 この冬(2017/2018年シーズン)は、インフルエンザワクチンが不足する可能性が危惧されていますが(関連記事「インフルエンザワクチンが不足、『13歳以上は原則1回接種に』」)、実はもう一つ、ワクチンについて新たな懸念事項が浮上しています。それは、「この冬、仮にA型のH3N2(A香港型)ウイルスが流行した場合、ワクチンの効果が十分に発揮されない可能性がある」ということです。いったいどういうことなのでしょうか。

卵を使って製造するワクチンは「抗原性」が変化しやすい

A香港型にはあまり効かない?(C)Khuntnop Asawachiwantorngul-123rf

 インフルエンザウイルスは、毎年小さな変異を繰り返しながら流行を引き起こします。このため、インフルエンザのワクチンも、ウイルスの変異に合わせて毎年新しいものを製造する必要があります。

 ワクチンは毎年、次の冬に流行しそうなウイルスの中から製造に適したものを選び、それを鶏卵(有精卵)の中で増殖させて作られています。増殖したウイルスには化学処理が加えられ、毒性のない安全なワクチンになります。

<さらに詳しく>

通常、ワクチン製造に用いるウイルス(ワクチン製造株)の選定過程は、1~2月に、厚生労働省健康局長が、国立感染症研究所(以下、感染研)の所長にインフルエンザワクチン製造株の検討を依頼することから始まります。感染研は、所長の私的諮問機関である「インフルエンザワクチン株選定のための検討会議」の議論を踏まえて製造株を選定し、健康局長に回答します。これを受けて、健康局長が製造株決定の通知を出しているのです。


 インフルエンザワクチンは、感染予防に加えて重症化予防にも欠かせないものです。以前は、A型ウイルス2種類(A/H3N2〔香港型〕、A/H1N1pdm2009 *1)、B型ウイルス1種類の計3種類をカバーしていましたが、近年、B型では山形系統とビクトリア系統の2種類が流行することが多く、1回のワクチン接種では感染予防という点で不十分な状況が続いていました。そこで、2015年製造分から、B型を1種類増やして、A型の2種類、B型の2種類の計4種類をカバーできるようになりました。現在のワクチンは、近年流行しているA型(A/H3N2、A/H1N1pdm2009)とB型(ビクトリア系統、山形系統)の4種類のウイルスに対する予防効果が期待されています。

 しかし、問題が残っていました。それは、A/H3N2型のウイルスは、鶏卵で増やす工程の中で、ワクチンの効果を左右する「抗原性」が変化しやすいという問題です。

*1 H1N1pdm2009は、2009年に世界的流行を起こした新型インフルエンザウイルス。2009年より前に流行していたH1N1型ウイルス(Aソ連型)と区別するため、このように表記される。Aソ連型ウイルスは、新型インフルエンザの流行以降はほとんど姿を消している。

昨シーズンもH3N2型はワクチンへの反応性が低かった

 通常、インフルエンザのワクチンを接種すると、ワクチンに含まれるウイルスの「抗原」に、体の免疫機能が反応して「抗体」が作られます。この抗体が、次に同じようなウイルスが入ってきたときに、そのウイルスの抗原と結合して増殖をブロックし、予防効果を発揮するのです。このような、抗体に結合する抗原の性質を「抗原性」と呼びます。

 ところが、鶏卵を使ったワクチンでは、増殖の過程でウイルスが環境に適応しようとして、抗原性が変化(抗原変異)することがあります。この現象は「鶏卵馴化(じゅんか)または「卵馴化」と呼ばれ、世界的に問題になっています。増殖過程で抗原性が変化してしまうと、でき上がったワクチンを打っても、実際に流行したウイルスに対応した抗体ができにくくなり、予防効果が著しく落ちてしまいます

 実は昨シーズン(2016/2017年シーズン)のワクチンも、A/H3N2では鶏卵馴化による抗原性の変化が起こり、流行ウイルスと抗原性が乖離するという傾向が認められました。流行したウイルスを調べてみたところ、9割以上において、ワクチンに対する反応性が低下していたのです(図1)。他の3種類のウイルスでは、ワクチンへの反応性は良好でした。

図1 2016/2017年シーズンのA/H3N2流行ウイルスとワクチンの抗原性の違い
鶏卵から分離したワクチン製造ウイルスを動物(フェレット)に感染させて作った血清を使って、ワクチン製造ウイルスと流行したウイルスの抗原性を比較したところ、9割超の流行ウイルスで抗原性が大きく異なっていることが分かった。もともとのワクチン用ウイルス(鶏卵から分離したウイルス)と血清の反応を1(ホモ中和価)とした場合、抗原性の違いが8倍だったのが11%、16倍以上だったのは83%と高率だった(倍数が小さいほど抗原性が類似していることを示す)。抗原性が類似していると判断される4倍以下は7%と少なかった(出典:国立感染症研究所「インフルエンザウイルス流行株抗原性解析と遺伝子系統樹、2017年11月7日」)
[画像のクリックで拡大表示]

思わぬアクシデントで生産量確保を優先、予防効果には懸念が…

 今シーズンのワクチンに使われた4種類のウイルスを見てみましょう。2017年は、以下のウイルスがワクチン製造用に選ばれました。

2017/2018年シーズンのワクチン製造に採用されたウイルス
  • A/H1N1pdm2009:A/シンガポール/GP1908/2015(IVR-180)
  • A/H3N2:A/香港/4801/2014(X-263)
  • B型(山形系統):B/プーケット/3073/2013
  • B型(ビクトリア系統):B/テキサス/2/2013

 ワクチン用のA/H3N2ウイルスは当初、馴化の影響を受けにくい別の系統のウイルスが選ばれていました。厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会研究開発及び生産・流通部会によると、当初選ばれていたウイルスは「鶏卵馴化による抗原変異の影響が小さく、約60%の流行ウイルスと抗原性が類似していた」とされます(*2)。

 ところが実際にこのウイルスを用いてワクチンの製造を開始したところ、増殖効率が想定より著しく悪いことが判明しました。6月の時点で、このまま製造を進めると、ワクチンの総生産量が低下し、昨年度比で約71%程度にとどまることが予測されたのです(*3)。

*2 2017年8月25日 第16回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会研究開発及び生産・流通部会  配布資料2「2016/17シーズンの国内外のインフルエンザ流行株(総まとめ)および次シーズンのワクチン株について」
*3 同上  配布資料1「2017/18シーズンにおけるインフルエンザワクチンについて」

 十分な生産量を確保できなければ、希望してもワクチンが接種できない人が相当数発生すると見込まれ、社会的な混乱を生じる可能性があります。このことを理由に急きょ、A/H3N2のワクチン用ウイルスは「A/香港/4801/2014(X-263)」に切り替えられたのでした。

 新しいウイルスは、昨年同様、鶏卵馴化によって抗原性が変化する懸念がありますが、他の3つの型、すなわち、A/H1N1、B型のビクトリア系統と山形系統のそれぞれのウイルスには効果が見込めることから、このような決断に至ったと理解できます。この点は、供給量確保の観点から、やむを得ない判断と受け止める人は多いはずです。

抗原変異の程度と実際の有効率は必ずしもリンクしない?

 では、今シーズンのワクチンは、A/H3N2に対する効果はほとんど期待できないのでしょうか?

 ここに、厚労省が示した興味深い調査結果(*4)があります。この調査によると、昨シーズン(2016/2017年シーズン)も、A/H3N2において、でき上がったワクチンの抗原性と実際に流行したウイルスの抗原性の合致度が良好でなかった(流行ウイルスの9割以上でワクチンとの反応性が低かった)にもかかわらず、6歳未満のワクチンの有効率は約42%(A/H3N2に限ると38%)だったというのです。ちなみに昨シーズンは、A/H3N2が流行ウイルスの主流を占めていました。

 「流行株の9割以上でワクチンとの反応性が低下していたにもかかわらず、6歳未満での有効率は約42%だった」。この事実を、私たちはどう受け止めたらよいのでしょうか。有効率が40%ほどあるのなら、A/H3N2でも効果があると考えてワクチン接種を受けるのか。40%ほどでしかないのなら、A/H3N2では効果が十分ではないと考えてワクチン接種を控えるのか――。

 予防接種を受けるかどうかは個人の判断に委ねられていますが、私たちはこうした情報を頭に入れ、予防効果の限界を理解した上で接種を受ける必要があるでしょう。人混みを避ける、マスクや手洗いをするなど、ワクチン以外の感染予防策を徹底することも忘れてはなりません。ちなみに、私自身は呼吸器系の持病があるため、インフルエンザにかかって持病が悪化するのは怖いので、今年もワクチンは打つつもりです。

 また、実際に流行する可能性のあるウイルスは、A/H3N2だけでなく全部で4種類あります。仮にA/H3N2への効果が低くても、他の3つの型のウイルスもカバーしていることは、ワクチン接種のメリットと言えるでしょう。現時点では、各地で複数のウイルスが同時に流行する、混合流行の様相を呈しています(関連記事「インフルエンザ、流行期入りの自治体が出始める」)。こうした流行動向もチェックしながら、この冬を元気に乗り切りたいところです。

*4 「ワクチンの有効性・安全性の臨床評価とVPDの疾病負荷に関する疫学研究」(研究代表者:医療法人相生会臨床疫学研究センターの廣田良夫氏)