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尿一滴でも反応、「線虫」ががん検診の未来を変える!?

10部位のがん患者の尿に反応 臭いに敏感で検査費用はわずか数百円

 仲尾匡代=医療ライター

線虫の嗅覚はイヌの約1.5倍

写真1◎ 「線虫」
(写真提供:九州大学大学院理学研究院 広津崇亮助教)

 「わずか1mmにみたない線虫が、がん患者を見分ける」。九州大学大学院理学研究院、広津崇亮助教らの研究グループは、C.エレガンスと呼ばれる線虫を用いてがん患者を識別するという研究成果を、2015年3月、米国オンライン科学誌「プロスワン」に発表した。

 線虫とは、糸状の体型をした線形動物門に属する生物で、地球上に1万種以上が存在している。よく知られている線虫に、サバに寄生し食中毒の原因となるアニサキスがいるが、土壌中に生息するC.エレガンスは、実験材料として使われるため研究者にとって極めてポピュラーな線虫である。

 がん患者の体液、口臭、尿などには、特有の匂いがあると言われている。実は、C.エレガンスは、匂いに敏感に反応する線虫で、嗅覚受容体の数が犬の約1.5倍もあるという。好みの匂いに引き寄せられ、逆にイヤなにおいからは遠ざかる。この習性を利用し、がん患者特有の匂いを嗅ぎ分けさせるのだ。

がん罹患者の尿の匂いを好み、群がっていく

 検査方法はいたって簡単。尿一滴があれば、がんに罹患しているか否かが、1時間半ほどでわかる。その精度は高く、がんであるかを示す感度(陽性を示す割合)も、「健常者(がんが疑われない)」とみなす特異度(陰性を示す割合)も95%を超えている。「しかも、初期がんでも識別できるのが大きな特長です」と広津助教は語る。

 実際に、がん患者の尿をシャーレの片側にたらすと、線虫は尿に引き寄せられ移動する。逆に、健常者の尿で同じ実験をすると、線虫は尿から遠ざかる方向に移動する。現時点においては、どの部位に発症したがんなのかまでは識別できないものの、実験対象とした10種(食道、乳房、胃、膵臓、胆管、大腸、前立腺、肺、盲腸、消化管間質腫瘍[GIST])のすべてのがん患者の尿に反応したという。

健常者(がんが疑われない人)の尿を入れたシャーレ。線虫は尿滴に寄っていっていない。
[画像のクリックで拡大表示]
がん患者の尿を入れたシャーレ。尿の匂いに反応して、尿滴の周りに線中が集まっている様子が分かる。
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 検査で使う線虫は極めて安価で、検査の実費も数百円程度で済むことに加えて、「実用化への道のりに技術的な問題は少ない」(広津助教)という。だが、現在のがん検査に生物を用いて判定する前例がないため、一般的な健康診断の一項目として採用されるまでには、法整備などハードルは少なくない。

 しかし、ごく微量な尿から診断が可能なため「郵送による任意の検査であれば、3年をめどに実用化も可能でしょう」と広津助教。現在、日立製作所との共同研究の他、実験に必要な検体提供を担う医療機関との連携など、実用化に向けた準備を進めている。自宅にいながらでもがん検査ができる日が来るのも、そう遠くないかもしれない。

受検者の体への負担はほぼゼロ

 線虫によるがん検査は、「がん検診に大きな変革をもたらす」と、各メディアが広津崇亮助教らの研究グループの発表に注目した。日本のがん検診受診率は、欧米諸国に比べてかなり低く、2007年以降「がん検診受診率50%以上」の目標値を掲げているものの、未だ達成できていない。最も受診率が高い男性の肺がん検診でも47.5%(2013年度国民生活基礎調査)にとどまっている。

 受診率が上がらない理由として、がん種別に検査が必要なことや医療機関へ出向かねばならない煩雑さ、痛みを伴うといった体への負担などがあげられている。

 一度の検査で複数種のがん検査が可能な腫瘍マーカーについては、そのコスト高が指摘される。また、初期がんだと陽性反応が出ない検査もある。線虫によるがん検査は、こうした問題をすべてクリアできるという点において、がんの早期発見につながる画期的な検査法になるともいえそうだ。

広津 崇亮さん
九州大学大学院 理学部研究院生物科学部門助教
広津 崇亮さん 東京大学理学系研究科修了、理学博士。長年、嗅覚システムに関する研究に従事し、2011年より研究室を主宰。