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より安全で有効なインフルエンザの次世代ワクチンって?

鼻からシュッ、生ワクチンよりも少ない副反応

 大西淳子=医学ジャーナリスト

鼻腔に噴霧するタイプは痛みがなく、小さな子どもを持つ親にも受け入れられやすい。(©Boris Bulychev-123rf)

 ここ数年、インフルエンザの季節が近づいてくると、鼻腔内に噴霧するタイプのインフルエンザワクチンの接種を受けられる医療機関を探す人が増えています。現在国内で接種が可能な経鼻ワクチンは、クリニックなどが個人輸入して希望者に接種している「フルミスト」です。

 フルミストは、弱毒化生ワクチンです。毒性を弱めた、生きているインフルエンザウイルスが主な成分で、接種後にウイルスが体内で増殖して、免疫力を付与するために、効果は高い半面、副反応が生じやすいという特徴があります。接種後に一定期間を経て、発熱など、軽いインフルエンザのような症状が出てくることがあります。ゆえに、接種対象は「2歳から49歳の健康な人」に限定されています。

 フルミストは輸入品であるため、接種に起因する健康被害が起きたとしても、公的な救済は行われません。国内で承認を得ている通常のインフルエンザワクチンであれば、深刻な副反応が出た患者には、医薬品副作用被害救済制度(65歳以上の高齢者などが定期接種として受ける場合は予防接種健康被害救済制度)を通じて、医療費や障害年金などの給付が行われますが、フルミストは対象外なのです。

 同ワクチンは、第一三共株式会社が2015年9月に、国内における開発と商品化の権利を得たため、日本でもいずれ承認されると予想されていますが、それまでの間は、こうしたリスクを頭に置いて、接種するかどうかを判断すべきでしょう。

経鼻型の次世代ワクチンが開発中

 「そういう点では、国内で承認されているワクチンの方が安心だけど、経鼻型で効果の高いインフルエンザワクチンがないことが残念だ」と思った方に朗報です。

 既に、より有効で安全な国産の経鼻ワクチンの開発が進んでいます。国立感染症研究所の長谷川秀樹氏らが、インフルエンザウイルスの感染そのものを予防するワクチンを開発しています(「次世代ワクチン」と呼ばれています)。

 季節性インフルエンザに対する現在のワクチンは、皮下注射型の不活化ワクチンで、発症予防と症状軽減を目的としています。不活化ワクチンとは、ウイルスを殺して毒性をなくし、免疫をつけるために必要なウイルスの成分のみを集めて作製されたワクチンです。体内でウイルスが増殖しないため、生ワクチンに比べ、副反応は小さくて済みますが、効果はやや弱くなります。

 長谷川氏らが開発した新たな経鼻ワクチンは、不活化ワクチンの利点を生かしつつ、効果を高めるために、アジュバント(免疫補助剤)を添加しています。

 アジュバントとは、免疫反応を刺激しワクチンの効果を高める物質をいいます。1920年代に使用が始まった世界初のアジュバントはアルミニウム塩でした。今も複数のワクチンにアルミニウム系アジュバントが用いられています。それ以外のアジュバントの開発も継続されており、2009年に一部の国民に接種された新型インフルエンザに対するワクチンには、スクワレン(肝油に含まれる成分)を主な成分とするアジュバントが添加されました。

 これらのアジュバントを含むワクチンは、長年、全世界の多くの人々に接種されており、安全で有効と考えられています。しかし一部には、ワクチン接種後に生じる健康被害はアジュバントに起因するのではないか、という疑いを持ち、予防接種を拒否する人もいます。

 長谷川氏らは、生ワクチンと同等の効果を得られる、より安全なアジュバントの開発も行い、合成核酸(二本鎖RNA)が有用であることを見いだし、不活化経鼻ワクチンに添加することにしました。合成核酸は、体にもともと備わっている、侵入した病原体を認識して免疫反応が生じるシステムを利用して、ワクチンに対する高い免疫を誘導します。

変異ウイルスにも予防効果あり

 新しい経鼻ワクチンは、不活化ワクチンであるために副反応は軽く、慢性疾患の患者や乳児、高齢者などに幅広く投与できる可能性があります。

 2012年に終了した、健康なボランティア50人を対象とする臨床試験で、季節性インフルエンザA型(H3N2)を対象に作製したワクチンを2回経鼻投与したところ、欧州でワクチンとして承認を得るために必要な条件を満たす免疫反応を誘導できました。サルを使った実験でも明らかな効果が見られています。マウスでは、このワクチンが、標的としたウイルス株とは異なるウイルス(変異ウイルス)にも感染予防効果を発揮する(これを「交差防御」と言います)ことが確認されています。

 長谷川氏らは、このワクチンの製品化を目指して、臨床試験の準備を進めています。より安全で感染予防力が高く、流行するウイルスのタイプが変わっても何年も効果が持続する経鼻ワクチンが利用可能になり、より多くの日本人が接種を受けるようになれば、インフルエンザによる学級閉鎖は懐かしい冬の思い出の一つになるでしょう。

インフルエンザワクチン接種率はどのくらい?

 インフルエンザの予防接種、どのくらいの国民が受けていると思いますか。

 埼玉県立医科大学などが行った調査(*1)では、2000/2001シーズンには推定923万人でしたが、それ以降、接種者は徐々に増加し、2010/2011シーズンには推定4946万人になっていました。2008年から2011年の流行期の年齢別接種者割合はほぼ一定で、小児と高齢者が半数強、一般成人は3割弱、全体では4割弱、という状況でした。

 なお、医療従事者は別格です。「日経メディカルオンライン」が医師を対象に2014年12月に実施した調査の中で、自分自身がインフルエンザワクチンを「毎年接種するようにしている」と回答した医師は全体の9割にのぼりました(*2)。患者から感染する危険性の高い医師は、予防接種の意義を感じているようです。

*1 日本公衆衛生雑誌 2014;61(7):354-359.
*2 日経メディカルオンライン 2014.12.17「9割の医師は毎年ワクチン接種を受ける」
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/1000research/201412/539834.html(会員限定記事)
日本は予防接種後進国?

 日本で初めて「予防接種法」が制定されたのは1948年。終戦直後の混乱期で、様々な感染症が猛威をふるっていた時代に、公衆衛生的な観点から、12の疾患に対する予防接種を義務づけ、罰則制度も設けられました。その12疾患のうちの一つがインフルエンザでした。

 1962年にはインフルエンザワクチンの集団接種が始まりました。が、紆余曲折を経て1994年に任意接種になり、接種率は大きく低下しました。

 今の日本で定期接種されている予防接種(麻疹、風疹、おたふくかぜ、日本脳炎、ポリオ、破傷風、ジフテリア、百日咳、結核など)は、予防接種法に基づき「受けるよう努めなければならない」という努力義務を課せられているものです。費用には公的助成がありますが、強制力や罰則はなく、受けるかどうかは個人の判断に委ねられています。一方、インフルエンザの予防接種は、高齢者が受ける場合などを除いて、完全に任意接種です。

 海外の先進国では、たとえば、指定された予防接種を全て受けていないと小学校に入学できないといったルールが設けられており、国民の多くが様々な予防接種を受けることになります。その差を見ると、日本が「予防接種後進国」と呼ばれているのも仕方がないと思えるほどです。

 2007年には、カナダを訪れた日本の修学旅行生が麻疹を発症しました。麻疹は先進国では徹底した予防接種によって既に発症を見なくなっていたため、日本は「麻疹輸出国」という汚名を被ることになりました。ただし麻疹については、国内で予防のための努力が続けられ、2015年3月にWHOから、日本固有のウイルスの感染が3年以上発生していないことを根拠として、麻疹排除認定を受けました。

 予防接種は、個人の感染予防と重症化の防止という目的と、地域での感染症の蔓延を予防するという社会的な意義を持っています。予防接種を受けることは、実は社会貢献活動の一つなのです。