失った顔を取り戻す「顔面移植」がもたらす幸福
容貌だけでなく様々な機能も回復
大西淳子=医学ジャーナリスト

「顔面移植」という言葉をご存じでしょうか。顔面移植は、事故や火傷などによって大きく損なわれた顔を、脳死ドナーの顔と部分的に、または全て取り替える医療技術です。通常の形成手術を繰り返しても限定的な効果しか得られなかった患者に、原則として1回の手術で、より正常に近い、機能する顔を与えることができます。
近年、顔面移植成功のニュースが海外から舞い込むようになりました。将来、日本でも行われるかもしれないこの移植手術、どのような手術で、どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。
顔面移植は人生を変える手術
米国における顔面移植の先駆者であるEduardo D Rodriguez氏は、Lancet誌に2014年に報告した論文(*1)で、「命を救う(life-saving)ための臓器移植と異なり、顔面移植は人生を変える(life-changing)医療だ」と述べています。この点では、先にご紹介した陰茎移植(「世界初、失われた陰茎が移植で回復」)と同じタイプの医療といえます。なお、陰茎移植手術には、顔面移植によって培われた技術やノウハウが用いられました。
以下に、腕自慢の形成外科医チームが各国で成功させてきた顔面移植の概要をご紹介します。
2005年のフランスを皮切りに、30件近い報告
世界初の顔面部分移植は、2005年にフランスで行われました。飼い犬に鼻と口を咬みちぎられた女性に、脳死ドナーから、頬、口を含む、鼻から顎までの部分が移植されました。術後に回復した患者は、傷痕を隠すメイクをすれば、マスクなしで外に出られるようになりました。
2010年3月には、スペインで、世界初の顔面全移植が行われました。さらに同年7月、フランスの病院が、より完全な顔面全移植を行ったと発表しました。
*1の論文が執筆された2014年春までに行われた顔面移植は28件で、内訳はフランス10件、米国7件、トルコ5件、スペイン3件、ベルギー、ポーランド、中国で1件ずつでした。患者が顔を失った原因として最も多かったのは銃の事故で10件、次に多かったのは火傷による損傷でした。
移植された顔面は、患者の骨格や筋肉に合わせて形を変えるため、移植を受けた患者は、事故前の顔でもドナーの顔でもない、新しい顔になります。また、口の中や舌の移植を受けた患者は、当初は違和感に戸惑います。それでも多くの患者が、外見と機能の劇的な回復を経験し、通常の免疫抑制療法を受けながらより普通の生活を送っているそうです。
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