日経グッデイ

尾川とも子のボルダリング入門

東京五輪で注目のボルダリング、運動オンチの40代でも楽しめる?

第1回 プロクライマー・尾川とも子さんに聞くボルダリングの魅力

 大谷珠代=日経Gooday

全身の筋肉を鍛え、基礎代謝アップやしなやかな体作りの効果があるとされる「ボルダリング」。2020年東京五輪の種目として採用される見通しにもなり、「自分もやってみたい!!」と興味を抱く一方で、「筋力がないと無理かも」「一人ではジムに行きにくい」と、なかなか踏み出せずにいる人も多いのではないだろうか。そんな人のために、日本人女性初のプロクライマー・尾川とも子さんが、これ以上ないほど分かりやすく、楽しく、ボルダリングのノウハウを披露する。さぁ、この機会にあなたも“ボル男”&“ボル女”になろう!

 ボルダリングとは、ご存知の方も多いだろうが、壁についたカラフルな石(ホールド)をたよりに、高さ3~5mの壁を這い登っていくスポーツだ。最近は専門のジムも増え、また、2020年の東京オリンピックの競技になる可能性もあり、今最も注目されているスポーツの一つと言っていい。

 しかも調べてみると、ボルダリングにはヒップアップ効果をはじめ、全身の筋肉を鍛え、しなやなか美しい体を作る効果もあるという。編集部Oが、自分の周囲の人に「どんなスポーツならやってみたい?」と聞いて回ったところ、ヨガ、ボクシング、登山、サーフィン、空手、テニス…などいろいろ挙がった中で、最もやってみたいという声が多かったのがボルダリングだった。

 そんなことからスタートが決まったこの企画。編集部があれこれ調べた末、指導役をお願いしたのが、尾川とも子さんだ。

 尾川さんは、女性として世界で初めて最高難度ボルダーグレードV14(五段)の完登に成功したクライマーだ。早稲田大学理工学部応用物理学科在学中の2000年、国体山岳競技に誘われたことがきっかけでボルダリングの世界へ。2008年4月に日本人女性初となる難度V12を達成し、世界のトップと肩を並べるも、その記録では満足できず、2009年秋から女性では前人未到の難度V14に挑み始め、ついに2012年10月に完登してその名を世界に轟かせた、という華麗なる実績の持ち主だ。

 尾川さんのブログに掲載されているV14の岩を完登したときの映像は必見モノ。大きな岩に張り付いて自在に歩き回る尾川さんは、まさにスパイダーマンそのものだ。

V14に挑戦中の尾川さん。ペットボトルの蓋や割り箸くらい小さな突起だけをたよりに、岩に張り付いて動きます。本当にスパイダーマンみたいじゃないですか!?
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2006年にAsian X−gamesで優勝したときの模様。
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 ぜひご指導いただきたいと思い連絡をしたところ、ありがたいことにご快諾いただき、まずはボルダリングの魅力について、直接お話をうかがうことになった。

 そうしてご対面した尾川さんは、動画や書籍で見た印象よりずっと小柄で可愛らしい、そして、ぱっちりした目とよく通る声、日焼けした肌が印象的なさわやかな女性だった。ゴールに到達した時の達成感や、ゲームのような楽しさから、ボルダリングにハマって16年。今では1歳の男の子の母親だが、ボルダリングを続けているのはもちろん、妊娠中、出産予定日を過ぎてからも登っていたという逸話の持ち主だ。

 そんな尾川さんに、ボルダリングをやってみたいと思っている人が、最も不安視しそうなことからまず聞いてみた。

インタビューに応じてくれる尾川さん
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運動オンチで筋力がなくても、登れるようになる?

いきなりこんな話で恐縮ですが、たとえば、この私(編集部O:40代)は運動神経が悪いうえ、腕立て伏せもできないくらい筋力も弱い人間です。そんな非力な女性や、運動オンチな人でも、ボルダリングで上達して、尾川さんのようにとは言わないまでも、手前に傾いた前傾壁や岩場を登れるようになるでしょうか?

尾川 もちろん大丈夫(ニコッ)! ボルダリングは、はしごに登れる体力があれば、年齢や性別に関係なく楽しめるスポーツです。1年あれば、一番簡単なレベルだったら前傾壁も十分狙えますよ。

 私がジムで講師をしていたときも、3歳の子どもから78歳のお年寄りまでレクチャーしていたほど。確かに筋力があり、リーチ(腕の長さ)が長い人は遠くまで届き一見有利ですが、体の重さがネックになることがあります。逆に、筋力が強くない女性でも、体重の軽さや柔軟性を生かして登ればいいし、手が小さければ小さいホールド(壁に付けられた大小の突起)をつかむのに有利。自分の個性を生かして、楽に登る方法を見つければ、必ず上達しますよ。

それは心強いお話です。ただ、それは練習をこまめにすることが前提ですよね? 日経Goodayの読者の方には働いている方が多くいますが、仕事をもっていると思うように時間がとれず、月にせいぜい2~3回しか練習できないと思うんです。そんな人でも上達するのでしょうか?

尾川 趣味でやっている方の多くは大体そのくらいのペースですよ。ボルダリングの壁の傾斜は、施設にもよりますが80~160度くらい。90度が垂直な壁なのに対し、80度は奥に10度傾いた壁、100度は手前に10度傾いた壁を指します。ボルダリングで何を目指すかにもよりますが、例えば前傾壁に興味があるなら、月2回くらい1年間練習すれば、130度くらいは目指せると思いますよ。ジムの中だけで飽きたらず外岩を目指す人もいますが、その場合も、5級レベルくらいなら行けるのでは…。

ちなみに、135度でこのくらいの角度です。登っているのが尾川さん。
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130度って床と壁の角度が50度ってことですよね。ちなみに、外岩の5級というのはどんな感じですか?

尾川 一つの岩場に5級前後の岩は何十個とあるし、それぞれタイプが違うので一概には言えません。ただ、たとえば東京の青梅市の岩場の場合、5級前後で有名な岩、つまり、「登るラインに名前がついていて、ある程度高さがあって、見栄えが良くて、多くの人が登っている岩」としては「マミ岩中央4級」、これが厳しい人向けとしては隣のラインの「マミ岩左6級」があります。どちらも初心者の女性が多数登っています。

 青梅にはお手頃の5級クラスが見当たらないので、青梅でいえばこの2つのどちらかでしょうか。あ、あと、「ソフトクリーム岩の5級」、それに「白狐岩の5級」などがあります。どれもYou Tubeで動画が見られるので、時間があるときに研究してみてください!

マミ岩に、ソフトクリーム岩…。可愛らしい名前ですが、いざ登るとなれば大変そうですし、ボルダリング上達にはやっぱり自宅での地道な筋トレも必要なんでしょうね。

尾川 本気度合いが強い人であれば、もちろんやるでしょうが、特別な筋トレをしなくても、ボルダリングをやっているうちに、ある程度の筋力はついてきますよ

指先だけに力を入れて登ることが多く、指に筋肉が付くためか、尾川さんの指は写真のように曲がっていてまっすぐにはなりません。これが鍛え上げられたプロクライマーの手。
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ダイエット効果は本当にある!?

つまり、ボルダリングには引き締め効果があるということですね? 確かにいろいろな本やサイトに、「ボルダリングをすると、しなやかな引き締まった体になり、ヒップもきゅっと上がる」と書いてありますが、実際のところ、どうなんですか?

尾川 引き締め効果は大いに期待できると思いますよ。実際、クライマーは引き締まった体の方が多くて、女性でも腹筋が“6割れ”している人もいますから。もちろん趣味で月2回やる程度ではそこまでいかないでしょうが、まずは「上腕」、それから、爪先立ちをするので「ふくらはぎ」に筋肉がつきます。その後、傾斜の強い壁に挑戦するようになると、「腹筋」や「広背筋」という肩甲骨の周りの筋肉も鍛えられます。

 「お尻の筋肉」も、ちょっと難しくなってくると、手を置いたホールドにかかとを持ってくる場面があり、そのときは太ももから脚を上げたりしますし、ハイステップというビギナー向けのレッスンに出てくる動きもあって、それにもヒップアップ効果があると思います。

筋肉が付いてくると、基礎代謝が上がってきますよね。

尾川 その通り! ボルダリングは、その意味でダイエットに向いていますよ。実際、私もボルダリングを始めて体重が10kg減りました。一つはおっしゃる通り、筋肉が付いて基礎代謝がアップするから。しかも、筋力を楽しみながらつけられるから、長く続けられるというのが大きいですね。また、ボルダリングをすると自分の体重がすごく身にしみるといいますか、「もう少し体重が軽ければ、もっとラクに登れるのに」と思う場面が多く、レベルアップしたいと思うこと自体がダイエットの励みになるからです。

ボルダリングがビジネスパーソンに向くいくつもの理由

ダイエット効果は嬉しいですね。ほかにもボルダリングの魅力はありますか?

尾川 一番はやっぱり、ゴールに到達した時の達成感ですね。それが快感と言う方は本当に多いです。ボルダリングはゲームの要素も強く、右に進もうか左に進もうかなどと考えたり、登れなかったところを攻略していく楽しさもあって、それもハマっていく人が多い理由だと思います。

頭の体操やストレス解消になって、働いている人にもおすすめですね。

尾川 ジムによっては夜の11時や12時までやっているところもあるので、仕事帰りにちょっとカラダを動かしたいときなどに一人で気軽に寄ってできるのも、忙しいビジネスパーソンにとっては魅力ですよね。道具もレンタルできるし、服装も動きやすければ何でもOKなので、本当に気軽にできます。あと、「出会い」も多いんですよ。

えぇっ、そうなんですか!?それは、聞き捨てなりません。

尾川 ええ、ええ、カップルで来る方も多いし、ジムでカップルになる方もいます。実は私もそうで、夫もクライマーなんですよ。ジムによっては、ボルダリング合コンなどを行っているところもありますし、登れない女性がいると常連の男性がやさしく教えてくれるので、出会いの場としても侮れません。

一人でジムでも楽しく続けるコツは?

それは、忙しくて出会いのチャンスが少ない人にも嬉しい情報ですね。でも、そんな出会いがいつもあるとは限りません。それに、いくら一人でも通いやすいといっても、ビギナーはかなり心細いかと…。

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尾川 どのジムでも初めての人向けにはビギナーレッスンがあり、必ずスタッフがついて30分とか1時間は教えてくれるので大丈夫です。2回目以降も、ジムによってはビギナースクールを開催しているので、そうしたスクールに参加するのもいいし、時々、その場にいる人全員を対象にした無料講習を行うジムもあるので、そうした講習に参加するのも手です。

 講習もなく、まったく一人でやらなければいけないときは、「今日は初心者レベルを5本登ったら、2本くらいは次のレベルにチャレンジしよう」といった目標を立ててから始めるといいですよ。「今日は体調が悪いから、難しいレベルには手をつけずに、簡単なものだけ、その代わりに20本登ろう」とか、逆に「簡単なのは3本にとどめて、難しいのを5本やろう」とか、体調と相談しながら目標を設定するといいでしょう。

 そして、「今日はこれを登れた」「あのコースのあのホールドで落ちた」「なぜ落ちたのか」といったことをノートに記録するのもお薦めです。私も大会を目指していた頃は、ノートを作ってなぜ落ちたのかを分析していました。趣味でやる人はそこまでしなくてもいいかもしれませんが、漫然とやるよりは、記録を付けた方が励みになります。

なるほど!目標や記録があれば、一人だからさみしいなんてことはなさそうですね。

尾川 そうそう、まずは楽しんで続けることが大事です。そして続けるために友達をつくるのが一番いいかもしれません。友達に一番なってくれやすいのは、ジムのスタッフさん。クライマーは教えたがりの人が多いので、スタッフはもちろん、知らないお客さんでも、「登り方を教えてもらえませんか」などと聞けば喜んで教えてくれるはず。そうやって友達を作ったり、ノートを作って、とにかく楽しんでやることが大切です。



 …というわけで、次回より、日本一やさしいボルダリング入門講座が始まります。編集部Oが、非力で運動オンチな初心者の等身大目線で、質問しながら進めていきますので、この機会に始めて楽しみながら全身を鍛え、基礎代謝アップ&美ボディ作りをしていきましょう。


(写真:水野浩志)

(衣装協力:アディダスジャパン、ネルソンクライミングジャパン〔MAD ROCK Flash 2.0〕/ 撮影協力:ボルダリングジムHAGO〔大阪府吹田市〕)

尾川とも子(おがわ ともこ)さん
プロクライマー
尾川とも子(おがわ ともこ)さん 宇宙飛行士を目指して進学した早稲田大学理工学部応用物理学科卒業。在学時の2000年、国体山岳競技に誘われたことがきっかけで、クライマーの道に。2003年、2006年には「Asian X-games」で優勝。その後は自然界の岩場へのチャレンジに魅力を感じ、2008年4月に日本人女性初となる難度V12を達成。2009年秋から女性では前人未到の難度V14の岩に挑み始め、2012年10月に完登した。
ブログ:尾川とも子のはーとふるボルダリング
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