日経グッデイ

三浦豪太さんが指南! 初めての山登り

簡単な筋トレで速筋を鍛えて、「山下り」に備えよう

第3回 お金をかけるべきは、登山靴よりレインウエア

 高島三幸=フリーライター

エベレスト登頂経験もあるプロスキーヤーの三浦豪太さんに、「初めての山登り」のイロハを指南していただくこの特集。エクササイズとしての山登りの効用を尋ねた第1回(「教えて豪太さん! 山登りをすれば健康になれるの?」)、ラクな登山のコツを伝授してもらった第2回(「豪太さん、疲れない山登りのコツを教えてください!」)に続き、最終回は、登山準備編をお届けする。

前回はラクに山を上り下りする方法や、山登りのための栄養・水分補給について伺いました。最終回は、準備について教えてください。今、全く運動していない人は、登山に向けて何かトレーニングを始めた方がいいでしょうか。

「筋肉はいくつになっても鍛えられます。下半身を鍛えることは老化予防にもつながるので、山に登らない人も筋トレはぜひしてほしいですね」(撮影:深田高一)

豪太さん 目指す山のレベルにもよりますが、全く運動しないよりは、できれば、日常生活でできる運動を始めていただきたいですね。

 山ガールブームで最近は若年層も増えていますがが、登山愛好家の7割は中高年といわれています。その比率を反映するように、事故が多いのも中高年。しかも上りではなく下りでの事故が多いんです。山を下る時に使う筋肉を、日常生活の中で無理なく鍛えられれば、登山もラクになるし、何よりも事故やケガ防止になります。

具体的にはどの辺りの筋肉を鍛えればいいでしょうか。

豪太さん 登山は全身の筋肉を使いますが、腹筋、背筋といった体幹周りはもちろん、ハムストリングス(太ももの裏側)や大腿四頭筋(太ももの表側)、臀部などを特に鍛えていただきたいと思います。

下山の筋肉はスクワットと階段で鍛える

どのようなトレーニングがありますか。

豪太さん スクワットなどが効果的ですね。富士山を下山すると、クォータースクワット(腰を落とした時に大腿が地面と水平になる手前で止めるスクワットのこと。膝を最大限曲げる「フルスクワット」の4分の1程度の角度であるためこう呼ばれる)を500回行うのと同じぐらい筋肉にストレスがかかるといわれているんです。もちろん、普段の生活で500回もスクワットはできませんが、できる範囲で始められればいいと思います。

 スキーや登山など、私が経験してきた様々なスポーツの動きから考案した、家でできる簡単なエクササイズがあります。「ワオ!体操」と呼んでいるんですが、これも、第1回でお話した、下りの動きに必要な速筋(強い力を素早く発揮する筋肉)のトレーニングになります。

 速筋は加齢とともに衰えやすいので、登山をする人もしない人も、ぜひ日常生活に取り入れてほしいです。速筋を鍛えれば痩せやすい体になりますし、サルコペニア(加齢によって筋肉量が減り、転倒リスクが高まる現象)を防ぎ、若々しい体になります。

では早速、具体的なエクササイズを教えてください!

豪太さん まずはスクワットです。スクワットといっても、ジムにあるようなウエイト器具を担いで行うハードなものではありません。家で簡単にできる「シーテッド・スクワット」をご紹介します。

【1】シーテッドスクワット:椅子を使ったスクワット

 まず座った時に足裏が床につく、ちょうどいい高さの椅子を用意してください。姿勢を、まっすぐに正して、腕を体の前に出して軽く組んだ状態で、椅子の前に立ちます。

 視線は前を向けたまま、ゆっくりと、お尻が椅子に触れるまで腰を下ろしていきます。このとき大事なのは、(1)膝と足先が真っ直ぐ正面を向いていること(2)膝がつま先よりも前に飛び出していないこと(3)背中が曲がっていないこと―です。

シーテッドスクワット
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 膝が内側に入っていたり、つま先が外側を向いたりしていると、膝の周りの靭帯を不均一に使う「くせ」がついてしまい、運動をしたときに不自然な負荷がかかり、ケガをする原因になります。普段、歩いたり階段を上り下りするときにも、常に膝とつま先が正しい方向に向いているかを意識して、“脚に覚えさせる”ことが大事です。そうすることで、正しい動きを支える筋肉がついてきます。

 椅子にお尻がついたら、ゆっくりと立ち上がります。これを5~10回×3セット続けてみてください。太ももの裏や臀部の筋肉を使っていることが分かると思います。椅子を使えば、ふらついて床に尻餅をついてしまうこともなく、安心してできますので、初心者にはお勧めです。

【2】階段上り:お尻の筋肉を使って上る

 次は、通勤途中にもできる、階段を使った運動をご紹介します。まずは「階段お尻のぼり」です。普段は脚の力だけで上っている階段ですが、臀部の筋肉を使って上ることで、臀部周辺の筋肉が鍛えられ、ヒップアップ効果が期待できます。段差があまり高くなく、狭めの階段を選ぶとトレーニングしやすいのでお勧めです。

階段上り
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 まず、階段の前に両足をそろえて立ち、右の足裏全体を1段上の段に乗せます。

 右脚に体重を移動したら、右脚と右のお尻の筋肉に力を入れて体を持ち上げます。この時、膝とつま先は前に向け、左脚で地面を蹴らないようにしましょう。

 次に、浮いた左脚を上の段に置いて、左脚とお尻の筋肉を使って体を持ち上げて一段上ります。これをそれぞれの脚について3~10段上って、3セット行います。

 このエクササイズがラクになってきたら、一段飛ばしで同じように階段を上ってみましょう。いずれも、前に出した足裏とお尻の筋肉を意識して上ることで、臀部と太ももの裏の筋肉を鍛えられます。

【3】階段下り:太もも前側の筋肉を使って下る。後ろ向きにもチャレンジ

 3つ目は、山登りの下りの場面で、脚に負担をかけないために、太ももの前側の筋肉を刺激するエクササイズをご紹介します。まずは「ゆっくり階段下り」から。

 階段の上に立ち、手すりをつかみます。左脚を前に出し、つま先から1段下に下りましょう。体重を左脚に移動して、そのままゆっくりとかかとを下ろします。この時、膝が内側や外側に向いてねじれないように、まっすぐ向くように注意してください。

 左脚に体重を乗せきったら、浮いた右脚を左脚の横に揃えます。次に右脚も同様にして階段を下ります。一段ずつ脚を揃えなくても、左右交互にゆっくり下りてもOKです。それぞれの脚について6~10段を下りる運動を、3セット行ってください。

後ろ向き階段下り
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 それができたら、次は後ろ向きで下りてみましょう。第2回で、「登山の下りで疲れて脚が動かなくなったら、後ろ向きに下りてみる」というお話をご紹介しましたが、階段でもぜひ試してみてください。この時、手すりがある階段で行うこと、階段利用者の邪魔にならないこと、ゆっくり行うことを守ってください。

 まず、手すりをつかみ、両足をそろえて後ろ向きに立ちます。左脚で体を支えながら、右脚を後ろに下げてつま先からゆっくりと、一段下に下ろします。

 右脚に体重をのせて、ゆっくりとかかとを下ろします。左脚も同様に行います。そこで一度脚をそろえてから下りても、そのまま左右交互に下りても構いません。太ももの前部の筋肉を意識しながら、それぞれの脚で3~10段分を3セット行います。

 これらのエクササイズは、太ももの引き締めやヒップアップにも有効ですし、膝周りの筋肉も鍛えられます。ただ、運動不足や体力の衰えなどで、膝を曲げることが困難な人は、曲げられる範囲で行ってください。少しでも痛みが生じた場合はすぐにやめましょう。

レインウエアへの投資を惜しんではいけない

ありがとうございました! 後ろ向きは時と場所を選びそうですが、ぜひやってみたいと思います。ところで、体力づくり(筋肉トレーニング)以外で、山登りの前に準備しておくべきことはありますか?

暗闇を歩くためではなく、自分の存在を知らせるために役立てて。(©Natalia Postolatii-123rf)

豪太さん 山を相手にするという事は、自然を相手にする事です。当たり前といえば当たり前ですが、まず、天気予報のチェックは必ずしてください。登る山を選ぶ時には、どんな特徴の山か、標高差はどれくらいか、必要される体力レベルはどの程度か、といったことを調べておくことが大事になります。登山申請書もプリントアウトして持って行きましょう。

 登山に欠かせない、「三浦豪太流」の三種の神器もご紹介しましょう。まずはヘッドライト。道に迷って暗くなった場合、ヘッドライトがあれば、手元を見ることができ、捜索者が来た時にライトを照らして自分の居場所を知らせることができます。ただし、ヘッドライトを照らして夜道を動き回ると、さらに道に迷いますのでやめてください。

暗闇での移動に使うのではなく、捜索隊に自分を見つけてもらうための道具と考えるんですね。

レインウエアの性能にはこだわろう。(©maridav-123rf)

豪太さん そうです。2つ目は、レインウエアです。ここはお金を惜しんではいけません。できれば3万円以上の、防水透湿性の高いゴアテックスの生地のものを選んでください。レインウエアの性能は価格に比例します。ゴアテックスではない、価格の安いレインウエアだと、汗をかいても水蒸気を放散できずに内側で蒸れてしまい、雨で濡れた以上に体が濡れてしまいます。それが原因で低体温症になる人もいます。

 機能性の高いレインウエアであれば、通気性や速乾性、防水・撥水性に優れ、雨だけなく、風を防ぐ防寒服としても役立ちますので、もしもの時に命が助かる率が高くなる。私は、「登山靴とレインウエアのどちらにお金をかけますか?」と聞かれたら、迷わず「レインウエア」と答えます。

なるほど。靴の性能とレインウエアの性能、いざというときに生死に直結するのは後者ということですね。

豪太さん愛用のセイコー プロスペックス「アルピニスト」。ソーラー充電式。

豪太さん そして3つ目は高機能の時計ですね。セイコーウォッチの「プロスペックス」という時計の「アルピニスト」というシリーズは、私が監修したものですが、登高スピード(1時間に移動した高度差。1時間で移動した標高差が150mなら、登高スピードは150m/時)が計れるので、オーバーペースにならないよう調整できます。最高標高、最低標高、消費したカロリー数なども表示されるので、登山日記としても記録できます。あれ? 3つめは宣伝になっちゃいました(笑)

 三種の神器ではないのですが、スマートフォンを持っていく場合は予備バッテリーも大事ですね。電波が弱い、あるいは圏外となる山奥では、スマートフォンが常に基地局を探そうとするため、ものすごい勢いでバッテリーを消費してしまいます。いざ、道に迷ってGPSを使おうとした時にバッテリー切れ…という事態を防ぐために、登山時は携帯電話を「機内モード」に切り替えて、念のため予備バッテリーを持参しましょう。

そうなんですか! スマートフォンには GPS機能を利用した登山向けのアプリもあるので、便利そうだなと思っていたのですが、バッテリーの消耗は盲点でした。

「登れる山」よりも「登りたい山」を探そう!

最後に、登る山を決めるポイントはありますか?

豪太さん 初心者は、標高差が少ない山を選ぶことが基本です。でもそれは最初の登山だけでいいと思います。あとは、写真を見て、「ああ、すごくきれいだな。気持ち良さそうだな。ここに行きたいな」と思える山を目標にして、その目標達成のために、日常のエクササイズを頑張ればいいと思います。この山に登りたいという憧れの気持ちがあれば、おのずと日々の運動も苦じゃなくなるでしょう?

初心者でも、大きな夢を描いていいんですね。

豪太さん どんどん描いてください。高い目標があれば、エクササイズの取り組み方も変わり、年齢を理由に「無理だろう」と思っていた高いレベルにまで、体が鍛えられます。三浦家ではこれを「攻めの健康法」と呼んでいます。

 自分が心から挑戦したい、やってみたい、と思える目標を持つことは、何歳になっても大事です。父の雄一郎は、「80歳でエベレストに登りたい」という大きな夢があったからこそ、意欲的に日々のトレーニングを積むことができ、75歳のときよりも高い身体能力をもって、見事、憧れの頂に立つことができたのですから。

憧れの山を見つけることが、登山上達の一番の秘訣です。

(参考書籍:三浦豪太監修『ワオ!体操で100歳まで元気に歩ける!』学研パブリッシング)

三浦豪太さん
プロスキーヤー、冒険家、博士(医学)
三浦豪太さん 1969年、神奈川県鎌倉市生まれ。米国ユタ大学卒業。フリースタイルスキーのモーグル日本代表として94年リレハンメル五輪、98年の長野五輪に出場。現在は解説者としても活躍し、2014年ソチ五輪では名解説が話題に。2013年、父・三浦雄一郎氏の世界最高齢(80歳)でのエベレスト登頂に同行し、親子同時登頂を果たした。現在は順天堂大学医学部非常勤准教授として加齢制御(アンチエイジング)を専門に研究する傍ら、幅広い年齢層の人々やアスリートに向けた、トレーニングやアウトドアプログラムを手掛ける。日本経済新聞の夕刊コラム「三浦豪太 探検学校」でもおなじみ。