日経グッデイ

三浦豪太さんが指南! 初めての山登り

教えて豪太さん! 山登りをすれば健康になれるの?

第1回 筋肉の老化予防には「下り」の運動が最適だった!

 高島三幸=フリーライター

シルバーウィーク目前。夏の終わりから続いた天候不順で思うように外出できず、この連休、行楽日和を待ち望んでいる人も多いことだろう。晴れ渡った秋空の下、自然の中で思い切り体を動かしたくなったら、登山はいかが? 登山初心者で、なんとなく苦手意識を持っている筆者が、プロスキーヤーであり、登山のスペシャリストでもある三浦豪太さんに、「初めての山登り」のイロハをお聞きした。

しんどい? それとも爽快?(©PaylessImages-123rf)

 「山ガール」という言葉がブームになり、ファッショナブルなウエアを身にまとって山登りを始める女性が増えた。ひょろひょろっとした体型で一見体力のなさそうな50代の上司のFacebookには、山頂で気持ちよさそうに微笑む写真がアップされ、「この人も登山をしていたのか!」と驚く。

 とにかく最近、筆者の周りを見渡すと登山を楽しむ人がやけに多いのだ。

 しかし、日頃運動をしていない者にとっては、「山登り」というと「しんどい、つらい」というキーワードしか浮かんでこない。ランニングやウォーキングと比べて気軽にできるスポーツにも思えない。「山頂から眺める景色が美しい」「爽快感や達成感が味わえる」ぐらいの魅力は想像できても、それだけではなかなか一歩を踏み出せない人も多いのではないだろうか。

 そこで本特集では、プロスキーヤーであり、冒険家であり、父・三浦雄一郎さんと2013年に世界最高峰エベレストの親子同時登頂を成し遂げた三浦豪太さんに、初心者でも分かる山登りの健康への効用や、体の使い方のコツを教えてもらった。第1回目のテーマは、「山登りの効用」について。

山登りは最もエネルギーの消費が激しい有酸素運動

山登りをスポーツととらえたときに、ランニングやウォーキングとの大きな違いは何ですか?

「どんなに体力に自信のない人でも、ゆっくり歩けば山頂に必ずたどり着きます」と話す三浦豪太さん。(撮影:深田高一)

豪太さん 「山登り」は基本的には、ウォーキングやランニングの延長と捉えられますが、違うところもあります。ウォーキングやランニングをする時、指標となるものは「距離」や「時間」、「速さ」ですよね。登山の場合、一番の指標は「標高差」なんです。

 例えば、42.195kmを走るマラソンで、標高差300mといったらアップダウンのかなり激しいコースになりますが、登山は通常、最低でも300mの標高差はあります。平均すると500~1000mです。これを物理的に考えてみましょう。

は、はい。

豪太さん 物が平行移動する時、仮に摩擦係数がゼロとすると、最初に加えたエネルギー以上に力を加えなくてもずっと横移動ができます。一方、縦移動はエネルギーを使わないと、物が上に上がりません。縦の移動距離は、横の移動距離で使うエネルギーの約30倍のエネルギーを消費するんです。つまり、約100mの標高差を登っただけで、横に約3km移動したのと同じぐらいの運動量に匹敵するわけです。

30倍…。運動量はウォーキングよりもランニングに近いイメージですね。

豪太さん そうなんです。距離に“縦の動き”が加わるために、ゆっくり登ったとしても、ランニングに匹敵するエネルギー換算になります。

 例えば富士山の五合目から七合目まで、だいたいの人が1時間ぐらいで登るのですが、日常生活で1時間近くウォーキングをしている人でも、富士山では息が切れて楽に登れないんですよ。それは、楽に縦移動するための歩き方や、ペース配分を知らないからなんです。

確かに、たいした移動距離ではないのに、駅の階段を上るとゼーゼー息切れします。縦運動ってすごいエネルギーなんですね。ということは、もしかしてダイエット効果も高いですか?

豪太さん もちろんです。山登りでは、上ったからには下らなければ家に帰れませんから、どんな人でも2~3時間は持続して運動することになります。最も歩く時間が短い山でも往復2時間程度。エベレストなら2カ月かかりますけどね(笑)。

 日本の山でも、往復20時間を超すようなところもあります。運動量、行動時間を考えると、登山は最も「エネルギー量の消費が激しい有酸素運動」だといえます。

どんな人でも頂上にはたどり着く。問題は「下り」

それだけ激しい運動となると、やはり素人にはつらそうですね。

豪太さん ところが、登山では、体力がない人でもきちんとした計画を立ててゆっくり登れば、必ず頂上にたどり着くんですよ。80代のお爺ちゃん(編集部注:父の三浦雄一郎さん)でもエベレストの山頂に着く計画を立てられるんですから。でも、それは上りの話で、下りはそう簡単にはいきません。筋肉にダメージを与えるのは、実は上りではなく下る時の動きなんです。

そうなんですか? 下りの方が断然楽な気がしますが…。

豪太さん 下りの話をする前に、「山登りに使う筋肉」について解説しましょう。山登りは全身運動といわれます。上りと下りで異なる筋肉を使うので、いろいろな部位が引き締まります。

 筋肉には「速筋」と「遅筋」の2種類があるのですが、登る時は、太ももの大腿四頭筋の遅筋繊維を使います。遅筋繊維とは、ゆっくりした動きで長く使っても疲れにくい筋肉。有酸素運動として体の血液の循環を促し、エネルギーの消費が大きく、代謝を良くする働きがあります。陸上でいえば、長距離選手やマラソン選手が主に使う筋肉ですね。

 足を引き上げる際には腰椎と骨盤をつなぐ腸腰筋を使い、地面を踏み込むときには臀部(大臀部、中臀部、小臀部)や足首のヒラメ筋や腓腹筋を使って体重を支えます。これらの筋肉も遅筋繊維が多い筋肉です。

 一方、下る時の筋肉の動きは、「エキセントリック運動」の連続だとされています。日本語では「伸張性収縮運動」と言います。このとき使われるのが速筋繊維です。

「伸張性収縮運動」ですか。筋肉が伸びているのか縮んでいるのかよく分からない名前ですね。

山登りで難しいのは、上りより下り。(©Jozef Polc-123rf)

豪太さん そうですね(笑)。下りで主に使われる脚の筋肉も、上りと同じ大腿四頭筋ですが、収縮の仕方が異なります。伸張性収縮(エキセントリック)運動とは、筋肉を伸ばす運動のことを指します。下りの時は、筋肉を使って瞬時にブレーキをかける動きが必要になります。そうしないと加速がついて転倒してしまいますからね。

 ブレーキをかけたとき、人間の脚は、自分の体重を受けとめながら、力を入れて筋肉を伸ばします。このエキセントリック運動は、普段の生活では行わない不自然な動きで、筋肉の内部を傷つけながら伸ばす状態になります。このとき筋肉繊維が断裂され、それが筋肉痛になるのです。山登りの後に起こる筋肉痛は、実は下りのエキセントリック運動によって起きているんですよ。

へえー、そうだったんですね。

豪太さん このエキセントリック運動で優位に働くのが、速筋繊維です。遅筋繊維が「持久力の筋肉」であるのに対し、速筋繊維は「瞬発力の筋肉」です。素早く動けて強い力を発揮しますが、長持ちはしません。陸上競技でいえば、スタートダッシュに爆発的な力が必要な短距離選手が使います。

 もし短距離走のようにダッシュして山を登れば速筋繊維が使われるかもしれませんが、普通は上りでは遅筋繊維を使い、下りは速筋繊維をメインに使うわけです。

遅筋繊維と速筋繊維の違い
種類特徴主に使われる運動
遅筋繊維持久力に優れる。歳をとっても衰えにくいウォーキング、ランニング、登山の上りなど、低い強度の運動を持続する有酸素運動
速筋繊維瞬発力に優れる。加齢により衰えやすい短距離走、スキー、登山の下りなど、瞬発力を必要とする運動

下りに使う速筋繊維は年齢と共に衰える

うーん、なんとなく理解できましたが、下りに、短距離選手が使うような速筋繊維を使うということが、まだよくイメージできません…。

豪太さん 下りではブレーキをかけて筋肉を伸ばすときに大きな力を必要とします。でも、上りのように上に物を持ち上げる必要はないので、エネルギー消費はほとんどありません。だから、持続力はないものの、瞬間的に大きな力が発揮できる速筋繊維が役に立つんです。

 ちなみに、遅筋繊維は歳をとっても衰えにくいのですが、速筋繊維は加齢によって衰えていきます。高齢者がつまずいたり、転んだりする「サルコペニア」という症状をいかに予防するかが最近注目されていますが、サルコペニアにはこの速筋繊維の損失が大きく影響しています。だから、ある程度、筋肉を鍛えないと、上手く下れません。登山でのケガのほとんどが下りで転ぶことによって起こるのはこのせいです。逆に言えば、登山をすれば、この遅筋繊維と速筋繊維がバランスよく鍛えられるので、加齢による転倒を防ぐことができるんです。

 年齢による体の衰えを感じている中高年の方は特に、「山登り」よりも「山下り」の効用に注目してもらいたいですね。

なるほど~。下りってそんなに重要だったんですね。転倒を防ぎ、できるだけラクに登山をするためにも、普段から速筋を鍛えるなどの準備をした方がいいのでしょうか。

豪太さん そうですね。歳をとっても筋肉は鍛えれば鍛えるほど強くなります。ジムなどに通わなくても普段の生活の中で簡単に速筋を鍛えられる運動があります。それについては第3回でご紹介するとして、次回(2015年9月17日公開予定豪太さん、疲れない山登りのコツを教えてください!」)は、山をラクに登るためのコツと心得をご紹介しましょう。

三浦豪太さん
プロスキーヤー、冒険家、博士(医学)
三浦豪太さん 1969年、神奈川県鎌倉市生まれ。米国ユタ大学卒業。フリースタイルスキーのモーグル日本代表として94年リレハンメル五輪、98年の長野五輪に出場。現在は解説者としても活躍し、2014年ソチ五輪では名解説が話題に。2013年、父・三浦雄一郎氏の世界最高齢(80歳)でのエベレスト登頂に同行し、親子同時登頂を果たした。現在は順天堂大学医学部非常勤准教授として加齢制御(アンチエイジング)を専門に研究する傍ら、幅広い年齢層の人々やアスリートに向けた、トレーニングやアウトドアプログラムを手掛ける。日本経済新聞の夕刊コラム「三浦豪太 探検学校」でもおなじみ。