西川ヘレンさん、壮絶な多重介護を語る 「どんなときも思いやり」
実母、義父、義母を自宅で介護
福島恵美=ライター
「『お手伝いしてよろしい?』とまず聞きます。そしてベルトを外すとき、ズボンのチャックを下ろすときも、一つひとつ声をかけます。勢いよく飲まれたジュースがそのまま出たのか、オムツはヌクヌクのボトボト。『たくさん出ていますわ。早く替えましょうね』と言って、常に持ち歩いているウェットティッシュを出し、きれいになるようにと心を込めてヒップを拭かせてもらっていました」(ヘレンさん)
ソフトな接し方に義父は、「優しくしてくれてありがとう」と言ってくれたそうだ。
付き添うのはトイレだけではなかった。自宅では浴室に一緒に入り、入浴の世話もした。ヘレンさんは水着で入り、義父の背中や頭を洗うのだ。入浴後は同居している子どもたちが血圧を測ったり、必要な水分を飲ませたりして家族みんなで支え合った。
大腿骨の骨折を機に実母が寝たきりに

西川家でともに暮らした義父、義母、実母にはそれぞれに持病があった。朝のあいさつが終わるやいなや「頭が痛い」「膝に水がたまった」などの訴えが始まる。ヘレンさんは「たとえ忙しくても、その訴えに耳を傾けるようにしました。話を聞くことで、症状は半分以上、治まると思えたんです」と語る。
ある日のこと、実母が夜中にトイレで転倒し、大腿骨を骨折。それを機に寝たきりになってしまった。
「もともと母は、森光子さんが取り組まれていたように、転倒予防のためスクワットをしていたんです。けれども、年を重ねると畳の縁にでもこけてしまいます。床にはモノを置かないように、と家族には言っていました。ところが朝、なかなか起きてこないので部屋に行くと、母から夜中に転倒したことを聞かされて。すぐに病院に行きました」(ヘレンさん)
実母は自力でトイレに行けなくなり、オムツが必要になった。その後のある夜、自分の力でベッドから降りようとしたのか転げ落ちてしまう。
「『今までこけないように気を付けてきたのに、何でこんなことに…』と泣いていました。その頃から、母はだんだんと私の知る母ではない人になっていきました」とヘレンさん。突然大声を出したり、自分の周りにあるものをたたいたりし始めたのだ。そして、お茶缶と箸を要求し、缶の中にその箸を入れ、カンカンと音を立てるなどの行動をとるようになった。
「きっと家族に何か言いたいのだろう」、とそのたびに「大丈夫?」と声をかけて見守り続けた。
粗相をしてもにっこり笑顔で
ヘレンさんが実母の世話に追われている間、義父は「自分のことで声をかけてはいけない」と思っていたようだ。手すりを伝い、一人でトイレへ。ところが、ズボンを下ろしたとたん、間に合わず、軟らかな便を床に落としてしまった。
「義父はどうしていいのか分からず、パニックになったようでした。便で汚れたその手を洗い、『お父さん、すみません』とニコッと笑いかけました。私に叱られるのではないか、と心配そうでしたから。『大丈夫。便が出てよかったです』と伝えると、笑顔が戻りました」(ヘレンさん)
その後、3人の高齢の親の体はだんだん悪くなり、15年ほど前に実母と義父が、2年前には義母が他界した。介護をしながら仕事、家事もこなしてきたヘレンさん。寝る時間が取れず、更年期障害に悩まされたり、心療内科にかかったりしたこともあったが、いつも愛情を込めて世話をしてきた。
「自宅で介護をしている人は、大勢いらっしゃると思います。今まで笑わなくても、ニコッと笑ったり、『あなた誰?』と言っていたのに、自分を理解してくれたりする日もあります。どんなときも相手を一人の人間として、温かく見守ることが大事だと思うのです」とヘレンさん。
誰もがヘレンさんのようにできるわけではないだろうが、介護者の気の持ちようや接し方が、ケアされる人の心に影響することを心にとどめておきたい。
(カメラマン 水野浩志)
