日経グッデイ

一から学ぶ、認知症

話しながら歩くのが苦手な高齢者は「認知症予備軍」の可能性も

歩行機能と認知機能の関係

 金沢明=ライター

「運動が認知症予防によい」とか「歩くことで認知症を防げる」という話を、最近よく聞く。では、歩行機能と認知機能の関係について、どんなことが明らかになっているのか。一体どのような歩き方が、認知機能の低下を防ぐのだろうか? 「歩行機能」と「認知機能」の関係について研究している東京都健康長寿医療センター研究所の桜井良太さんに話を聞いた。

歩行中に同伴者に話しかけられた高齢者で、「話すために止まる人」と「歩きながら答える人」では、将来的に歩行機能や認知機能に大きな違いが出る可能性があるようだ。写真はイメージ=(c)ammentorp-123RF

認知機能と歩行機能の深い関係

 普段私たちは、何も意識することなく歩いているが、老化に伴い歩行機能は確実に衰えていく。歩行機能が衰えると、何かあったときに防御反応が働かず、バランスを崩したり何かに引っかかって転倒したりしてしまう。そうした歩行機能の衰えと関連して、「認知症の人は歩くのが遅い」という傾向が注目されてきた。

 17カ国の60歳以上の高齢者のデータを集めた研究(*1)によれば、歩行速度が5歳ごと・性別ごとの平均値から1標準偏差以上低い人(すなわち同じ年齢層および同性のグループにおいて歩行速度が遅いほうから順に16%までの集団に属する高齢者)で、かつ「もの忘れが心配だ」と答えた人を最大12年間追い続けると、歩行速度やもの忘れの問題がない人に比べて2倍ぐらい認知症が発症しやすかった。

 また米国で行われた研究からは、認知機能検査の得点を基に4グループに分け、その人たちの歩行のスピードを3年間追い続けると、認知機能検査の得点の悪い人ほど、歩行速度が低下しやすいことも分かった(*2)。

 つまり、歩行速度が遅い人は認知症発症リスクが高い傾向にあり、逆に認知機能が低下している人は歩行速度が低下しやすい傾向にあるということで、「歩行速度」と「認知機能」は双方向に関係しているように見える。そこで一時は、歩行速度の観察が認知症発症リスクの早期発見につながるのではないかと考えられた。

 ただし、高齢者がゆっくり歩くのは、実はエネルギー効率の点からいえば、「理にかなっている」ともいえる。そもそも高齢者は筋力が衰えるなど体全体が変化してくるので、若い人に比べると歩幅が狭くなるし、関節の状態も変わったりする。その変化した体の状態に適応した状態で歩いたほうが、エネルギー代謝の面で効率がよい。高齢者が無理に若者のスピードに合わせて歩くと、多くのパワーを使わないといけないからだ。

*1 Verghesen,et al. Neurology. 2014;83(8):718-726.
*2 Atkinson,et al. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2007;62(8):844-850.

 「高齢者は、ただ年齢に応じてゆっくりと歩いているだけなのに、その速度だけで認知機能の低下と関連づけるのは行き過ぎではないか」「歩行速度が遅くても認知機能はしっかりしている人はいるし、逆に、歩行速度は問題なくても認知機能に衰えが見られる『隠れた認知症予備群』の人もいるのではないか」といったことが、最近、研究者の間で言われ始めた。歩行の中でもスピードだけでなく、本人の意思が働かない部分で認知機能との関連を見たほうがよいのではないかということだ。

「何かをしながら歩く」は意外に難しい

 そこで、歩行速度だけでは見つけることができない「隠れた認知症予備群」を見つける指標の候補になるのではないかと注目されるようになった一つが、「二重課題条件下での歩行速度」だ。これは、何か頭を使うような認知的な活動を行いながら歩く時の速度で、昨今問題になっているスマートフォン(スマホ)の「ながら歩き」もその一つ。「スマホのながら歩き」は老若男女問わず推奨できない行為だが、「会話をしながら歩く」「計算をしながら歩く」といったことも「ながら歩き」の一種であり、こうしたことは高齢者にとってはちょっと難しい課題といわれてきた。

 ある研究(*3)では、歩行中に話しかけられた高齢者の中で、「話すために止まってしまった人」と「歩きながら答えた人」を6カ月間追跡し、その期間に転倒した人の割合を調べた。すると、「止まってしまった人」は、その8割ぐらいが6カ月の間に転んだ。一方「歩きながら答えた人」のほとんどは、6カ月の間に転倒しなかった。

 つまり、「何かをしながら歩く」という、注意を両方に適切に割り付けることができる能力は、歩行する場合にはきわめて重要で、安全な歩行のためには必須の能力と考えられるのだ。

 最近、こうした「二重課題」の処理能力が認知機能とも関係しているのではないかといわれている。例えば日常生活では問題を抱えていない72歳の健康な高齢者Aさんのケース。普段はスタスタと歩ける。しかし、計算課題の「50から1を引き続けながら歩く」をやりながら歩いてもらうと、歩くスピードが極端に遅くなる。これはおかしいということで、詳細な検査をすると、軽度認知障害(認知症の一歩手前の状態でもの忘れなどはあるが日常生活には支障がない)の傾向があることが分かった。

 このように普段、普通に歩いている分には何の問題もないのだが、話しかけるなど、何か認知的なストレスをかけると歩く速度が真っ先に落ちてくる人ほど、認知機能が衰えている傾向が見られる。さらに、こうした「二重課題」の成績が悪い人ほど将来認知症になる可能性が高いことが、2017年、カナダのマニュエル・モンテロ-オダッソ教授らの研究チームによる100人余りの軽度認知障害の高齢者を6年間追い続けた研究によって明らかになった(*4)。

 この研究で歩きながらやってもらった課題は、「100から1ずつ引いていく」「100から7ずつ引いていく」「動物の名前を言えるだけ多く言う」の3つ。普通に歩いた場合の速度と、課題をやりながら歩いた場合の速度を測り、後者の場合どれだけスピードが落ちるかを指標にする。6年間の研究の結果分かったことは、「二重課題」の成績が悪い人、つまり、計算や動物の名前挙げをしながら歩くと歩行スピードが落ちやすい人ほど、そうでない人に比べて2.4倍から3.8倍、認知症発症のリスクが高くなるということだった。

*3 Lundin-Olsson, et al.Lancet. 1997;349(9052):617.
*4 Montero-Odasso, et al.JAMA Neurol. 2017 Jul 1;74(7):857-865.

 一方で、普通に歩いたときの速度と認知症発症率の間には関連が見られなかった。これらのことから、「二重課題」で歩くテストは、軽度認知障害から認知症へ移行する危険が高い、いわば認知症予備群を探す方法として有望だといえるという。

「ながら歩き」が遅い人の脳内で起きていること

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 では、なぜ「二重課題」時の歩行速度が認知症発症に関連するのだろうか? 桜井さんらの国際共同研究グループは、脳の中でどういう変化が起きているかについて磁気共鳴画像装置(MRI)を使って調べた(*5)。研究参加者の脳の各部分の大きさを測ったのである。着目したのは4つの部位で、二重課題を行う際に中心的な役割を果たしていると考えられている「前頭前野」、そして認知症の影響を強く受け早期に萎縮する「海馬」「海馬傍回」「嗅内野(きゅうないや)」だ(図1)。

 その結果、「嗅内野」が萎縮して小さくなった人ほど、「二重課題」時の歩行速度が遅いことが分かった(図2)。

 認知症では「嗅内野」の萎縮が早期から起こり、記憶の働きが衰えるといわれている。この、早期の認知症で衰えてくる脳の部位と、「二重課題」時の歩行速度が関連するということはつまり、「二重課題」時の歩行速度が遅いかどうかで、認知症発症リスクがある程度予測できるかもしれない、ということだ。

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 桜井さんは「歩行機能と認知機能は、深く関連している。歩行機能の低下は、認知症発症のリスクファクターだ。ただ、単に歩くだけではそのリスクが分からないケースも多く、『二重課題』のテストを行えば、普通の歩行では認知機能の低下が分からない『隠れた認知症予備群』の人を見つけられる可能性がある」と話す。

 気になるのは、どんな歩き方をすれば認知症発症の予防になるのかだ。これについて桜井さんは次のように話す。

 「どんな歩き方が認知症予防につながるかについては、まだ分かっていません。ただ、毎日の生活の中に、何か頭を使うことをしながら別のことをする『二重課題』を取り入れるのは、やってみる価値があるかもしれません。例えば、友人とおしゃべりをしながら歩いたり、2本のポールを使いながら歩くノルディックウオーキングを行ってみたり……。あるいは、一方で食材をゆでたりしながら他方で食材を切ったり洗ったりする『料理』を習慣化するなど、二重課題を生活の中に取り入れて継続的に行えば、その能力が維持され、認知症の発症を抑制することにつながる可能性もあります」。関連する研究が待たれるところだ。

*5 Sakurai, et al.J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2018

(図版制作:増田真一)

桜井良太(さくらい りょうた)さん
東京都健康長寿医療センター研究所 社会参加と地域保健研究チーム研究員、学術博士、理学療法士
桜井良太(さくらい りょうた)さん 首都大学東京人間健康科学研究科修了後、早稲田大学スポーツ科学学術院(日本学術振興会特別研究員)、ウエスタンオンタリオ大学(カナダ)客員研究員を経て現職。高齢者の安全な運動行動を阻害する認知的要因の解明を主な研究興味とし、現在では歩行機能低下と認知症発症の関連性について研究を進めている。2015年米国老年医学会優秀若手研究者賞などを受賞。