話しながら歩くのが苦手な高齢者は「認知症予備軍」の可能性も
歩行機能と認知機能の関係
金沢明=ライター
一方で、普通に歩いたときの速度と認知症発症率の間には関連が見られなかった。これらのことから、「二重課題」で歩くテストは、軽度認知障害から認知症へ移行する危険が高い、いわば認知症予備群を探す方法として有望だといえるという。
「ながら歩き」が遅い人の脳内で起きていること
では、なぜ「二重課題」時の歩行速度が認知症発症に関連するのだろうか? 桜井さんらの国際共同研究グループは、脳の中でどういう変化が起きているかについて磁気共鳴画像装置(MRI)を使って調べた(*5)。研究参加者の脳の各部分の大きさを測ったのである。着目したのは4つの部位で、二重課題を行う際に中心的な役割を果たしていると考えられている「前頭前野」、そして認知症の影響を強く受け早期に萎縮する「海馬」「海馬傍回」「嗅内野(きゅうないや)」だ(図1)。
その結果、「嗅内野」が萎縮して小さくなった人ほど、「二重課題」時の歩行速度が遅いことが分かった(図2)。
認知症では「嗅内野」の萎縮が早期から起こり、記憶の働きが衰えるといわれている。この、早期の認知症で衰えてくる脳の部位と、「二重課題」時の歩行速度が関連するということはつまり、「二重課題」時の歩行速度が遅いかどうかで、認知症発症リスクがある程度予測できるかもしれない、ということだ。
桜井さんは「歩行機能と認知機能は、深く関連している。歩行機能の低下は、認知症発症のリスクファクターだ。ただ、単に歩くだけではそのリスクが分からないケースも多く、『二重課題』のテストを行えば、普通の歩行では認知機能の低下が分からない『隠れた認知症予備群』の人を見つけられる可能性がある」と話す。
気になるのは、どんな歩き方をすれば認知症発症の予防になるのかだ。これについて桜井さんは次のように話す。
「どんな歩き方が認知症予防につながるかについては、まだ分かっていません。ただ、毎日の生活の中に、何か頭を使うことをしながら別のことをする『二重課題』を取り入れるのは、やってみる価値があるかもしれません。例えば、友人とおしゃべりをしながら歩いたり、2本のポールを使いながら歩くノルディックウオーキングを行ってみたり……。あるいは、一方で食材をゆでたりしながら他方で食材を切ったり洗ったりする『料理』を習慣化するなど、二重課題を生活の中に取り入れて継続的に行えば、その能力が維持され、認知症の発症を抑制することにつながる可能性もあります」。関連する研究が待たれるところだ。
(図版制作:増田真一)
東京都健康長寿医療センター研究所 社会参加と地域保健研究チーム研究員、学術博士、理学療法士

