介護保険が使えないことが多い初期認知症、ほかに頼れるものは?
認知症の早期発見を生かすために知っておきたいこと
伊藤左知子=医療ジャーナリスト
初期認知症の課題として、前回は「認知症を疑ったときに診断にスムーズにアクセスしにくい」という問題を取り上げた。今回はもうひとつの課題である「診断後の支援体制」について取り上げる。認知症の初期の段階で必要な支援とは何か、私たちは当事者になったとき十分な支援を受けられるのか。前回に引き続き、東京都健康長寿医療センター研究所部長の粟田主一さんに話を聞いた。
初期認知症に生じがちな生活上の問題点は?
東京都健康長寿医療センター研究所部長・粟田主一さんへの前回のインタビューでは、認知症における早期診断の重要性と、それを阻む問題(アクセス先の分かりにくさ、認知症に対する偏見など)についてお伝えした。実は、認知症についてはもう一つ、早期に診断されたとしても、その後に必要な支援体制が十分に整っていないという問題がある。
「認知症になると、初期の段階でも、認知機能の低下や生活機能の低下が現れます。例えば、自分で薬の管理ができなくなるため、身体的不調が起こりやすくなったり、お金の管理がうまくできないため、買い物が怪しくなります。また、食事が同じものばかりになって栄養バランスが悪くなる、ゴミ出しなどが面倒になって部屋が雑然としてくるなど、本人も生活のしづらさを感じるようになってきます。さらに、気持ちが塞ぎ込み、心配性や不眠症になったり、イライラして怒りっぽくなったり…。心が不安定になって、物事を被害的に捉えるようになるため、周囲とのトラブルが起きやすくなったりもします」(粟田さん)。

それでも使えないことが多い介護保険
お金の管理や薬の管理がうまくできない、周囲とのトラブルもあり得るとなると、離れて暮らす家族なども心配で放ってはおけない。介護保険サービスなどに頼りたくなるものだが、実際には利用できないケースが多い。
「金銭管理などがうまくできなくても、多くの場合、ひとりで歩くことができれば、自分で着替えもでき、トイレに行ったり入浴したりもできる、曲がりなりにも食事も食べられます。そのため、自立して生活“できている”と判断され、介護保険サービスの要介護認定に該当しないことが多い」(粟田さん)のだ。
そうしたことから、初期認知症患者については、主に家族が支えてきたというのが実情だ。そのため、介護保険以外の「生活支援」の整備が急務となっている。
「金銭管理、服薬管理、食事の準備、通院の付き添いなどの認知症の初期に必要な生活支援は、これまで主に家族が支えてきました。しかし、両親ともにサポートが必要になると、介護者が仕事を辞めなければならないケースも出てきます。介護をする家族にも自分の人生がありますので、生活支援に加え、今後は介護者の人生や権利を守るための家族支援も必要になってきます」と粟田さん。
また、近年は、独居あるいは“老老介護”の高齢者も増えている。
「一人暮らしの認知症の方で、服薬管理、金銭管理ができなくなり、生活支援が必要な人は、一人で暮らせるのかどうかという心配もあります。しかし、施設に入ろうと思っても介護認定が低いと施設にも入れません。介護保険外の有料施設もありますが、そもそも認知機能が低下したら住み慣れた家を離れて施設に入らなければならないこと自体に、人としての権利に関わる問題があると私は思います。そこで、認知症の人が住み慣れた地域や住まいで暮らしていけるための居住支援も必要となります」と粟田さんは語る。
つまり、認知症の初期の段階では、生活支援、家族支援、居住支援ができるような仕組みを地域ごとに作っていくことが、今後の課題であるということだ。「まだ具体的にどうすればいいかという方法論は確立していない」(粟田さん)そうだが、2016年度からその研究が一部の地域で実験的に始まる予定で、その成果に期待したいところだ。