知っておきたい、糖尿病と認知症の“危険な関係”
糖尿病のある人は「段取り能力」の衰えに注意
東京医科大学病院副院長・認知症疾患医療センター長 羽生春夫氏
全国で950万人の糖尿病患者、そして462万人の認知症患者、この2つの病気の間に「危険な関係」があることが分かってきた。糖尿病の人は認知症になりやすく、認知症になると糖尿病が悪化するというのだ。2つの病気の関係を、東京医科大学病院の副院長で認知症疾患医療センター長の羽生春夫氏に聞いた。
65歳以上の糖尿病患者の40%近くに認知機能の異常
「糖尿病の人が認知症になりやすい」というのは、多くの大規模な疫学データに裏打ちされた、まず間違いない事実です。アルツハイマー病も血管性認知症も、糖尿病の人が発症するリスクは健康な人のおよそ2倍になります。
生活習慣病の原因究明と予防を目的に福岡県久山町で50年以上前から行われている「久山町研究」では、研究に参加する方が亡くなると、病理解剖を行って、死因についての解析を行います。その中で、中高年の時に糖尿病だった人とそうでない人が、20年後、30年後に認知症になる割合にどれぐらいの違いがあるかも調べているのですが、教育歴や他の疾患の影響などを調整しても、認知症、特にアルツハイマー病には、糖尿病が大きなリスク因子になっていることが分かってきました。
図1は、東京医科大学病院で65歳以上の糖尿病患者の認知機能を調べたものです。60%程度は正常ですが、40%近い人が認知症か、その前段階である軽度認知障害(MCI)で、高齢の糖尿病の人は認知症を合併している可能性が高いことが分かります。
では糖尿病の人はなぜ認知症になりやすいのでしょうか?
理由は大きく言って3つあります。最初の理由は、糖尿病はアルツハイマー病の原因物質を増やすからです。アルツハイマー病患者の脳では、アミロイドβ(ベータ)というタンパク質が溜まります。それが神経細胞を死滅させ、記憶の障害を引き起こすのです。糖尿病になると血糖値が上がり、それを避けるために血液中にインスリンが多く分泌されます。実はインスリンは脳の中にもあり、元来溜まったアミロイドβを神経細胞から追い出す働きをしています。しかし糖尿病になるとインスリンが体の血管の方に移動し、脳の中には少なくなってしまいます。その結果、アミロイドβが増え、アルツハイマー病の発症リスクを高めてしまうのです。
2つ目の理由は、糖尿病は脳の動脈硬化を促進するからです。動脈硬化が進めば脳梗塞の発症リスクが高くなり、血管性認知症になりやすくなります。
3番目の理由は、糖尿病になると高血糖状態が続くことです。例えば50歳で糖尿病になったとすると、高齢になるまでの長い期間、高血糖にさらされます。糖尿病の人は朝、昼、晩と食事をとるごとに、急激に血糖値が上がります。長い期間高血糖にさらされていると、酸化ストレスや炎症、糖を燃やした時にできる有害物「終末糖化産物」などが、脳の神経細胞にダメージを与えるのです。こうした3つの理由が合わさり、糖尿病だと認知症になりやすくなるのです。
糖尿病の前段階である「耐糖能異常」の場合も、認知症のリスクは高くなります。すでに血糖値が高くなっているので、アミロイドβが増えやすくなるとともに、脳内でインスリンの働きが悪くなっているからです。