日経グッデイ

私の「カラダ資本論」

死の恐怖に打ち勝ちアフリカ最高峰に立つ【宇野康秀社長CEO】

第2回 30階以上の階段を往復し鍛えた

 宇野康秀=USEN-NEXT HOLDINGS

様々な分野で活躍する一流人が実践する健康マネジメント術を紹介する本コラム。今月は16の事業会社においてコンテンツ配信、通信、メディア事業、エネルギー事業、業務用システム事業などを展開するUSEN-NEXT HOLDINGSの宇野康秀社長CEO(最高経営責任者)にお話を伺っている。第2回は、前回紹介したトライアスロンのあとにハマったという、登山を中心に語っていただいた。

 トライアスロンは、世界大会出場という大きな目標を果たせたので、今は登山やトレイルランにも並行して取り組んでいます。

 2013年7月に、欧州アルプス最高峰のモンブランに登頂しました。登山を始めたのは、その3カ月ほど前です。たまたまテレビで放映されていたモンブランの美しさに魅せられて、ふと「登ってみたい」と思ったんです。翌日には、山を趣味にしている友人に連絡をし、「モンブランに登りたいから、山登りを教えてくれない?」と相談しました。すると彼は、素人の思いつきに反対するどころか非常に乗り気になってくれて、コーチ役を買って出てくれました。

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 早速、ゴールデンウィークには、まだ雪が残る北海道の大雪山で合宿を実施。その後も週末を利用して、標高3000m級の立山や赤岳、富士山にも登ってトレーニングしました。そしていよいよ7月に、標高4811mのモンブラン登頂を決行。登頂できる確率は2割に満たないと聞いていたので、当初は本当にそんな山に登れるのか、不安な気持ちもありました。

 実際、体力的にはそれほどきつくはなかったのですが、雪の積もる細い谷道を通り抜けるとき、上から何度も大きな岩が転がってきて、味わったことない恐怖を感じました。もし岩に当たってしまえば即死だろうというような状況を切り抜けて、山頂に立った瞬間は気持ちがたかぶり、トラアイスロンとはまた違った達成感がありましたね。

 2015年にはアフリカ大陸最高峰、標高5895mのキリマンジャロ登頂も果たしました。キリマンジャロのときは山頂まで数百メートルのところで高山病にかかる一歩手前くらいの状態になって、意識がもうろうとして、かなりしんどい思いをしました。それでもいずれは、世界最高峰・標高8848mのエベレストにアタックしたいと思っています。ただ、エベレストとなると2カ月は仕事を休むことになりますし、そう簡単に挑める山でもありません。それまでに8000m級の山をいくつかアタックして、経験を積むつもりです。

日常的に体幹、心肺機能を鍛える方法

 トライアスロンにハマっていた頃は、年間で20レースに出場していたこともありますが、今は2カ月に1度程度のペースで、トライアスロンやトレイルランなどのレースにエントリーしています。トレイルランは山岳レースとも呼ばれる、マラソンと登山の中間のような競技ですね。何かしらのレースを決めておけば、それに向けて最低限のトレーニングはサボらずにできますから。

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 その中でも、短時間で効率的にできるトレーニングが、階段の上り下りです。最近は1日1回は、会社のビルの地下駐車場から13階のオフィスまで、20階相当の階段を1段飛ばしで上り下りするようにしています。階段の上り下りは脚力がつきますし、体幹や心肺機能も鍛えられます。集中してレースに出場していた頃は、30階以上ある自宅マンションの階段を、一気に上って数往復するトレーニングもしていました。

 ちょっと余談になりますが、階段でのトレーニングを始めた頃、色々な階段を試してみようと、東京タワーに行ったこともありました。東京タワーは通常はエレベーターで上りますが、土日祝日は大展望台までの階段600段を上ることができるんです。ただ、階段を上っても、エレベーターで上るのと同じだけの料金を取られて、ちょっと腑に落ちませんでした(笑)。

 自分がトライアスロンや登山を始めてから、その魅力を多くの人に伝えたいと思い、周囲にも「一緒にやろうよ」と声をかけて誘っています。いくら誘っても「自分はちょっと…」と及び腰の人もいますが、毎年走っている和歌山の「紀州口熊野マラソン」には、今では100人くらいの社員が参加するようになりました。マラソンはもちろん、前日の夜の宴会もまた、楽しみの一つですね。

(まとめ:田村知子=フリーランスエディター/写真:村田わかな)

宇野康秀(うの やすひで)さん
USEN-NEXT HOLDINGS社長CEO
宇野康秀(うの やすひで)さん 1963年大阪府生まれ。明治学院大学法学部卒。88年リクルートコスモス(現コスモスイニシア)を経て、89年人材サービス会社のインテリジェンス(現パーソルキャリア)を創設。98年大阪有線放送社を創業社長の父より継承。社名を有線ブロードネットワークスに改め、ブロードバンド事業へ進出。2005年社名をUSENに変更。10年USEN代表取締役を辞任し、U-NEXTを立ち上げて社長に就任。USENから譲渡された動画配信サービス「U-NEXT」などBtoC事業を手がけ、14年12月に東証マザーズ、15年12月に東証一部へ上場を果たす。17年12月にはUSENとU-NEXTの経営を再び統合し、社長CEOに就任。