日経グッデイ

私の「カラダ資本論」

外食三昧でも栄養バランスに配慮【Tリーグ 松下チェアマン】

第2回 単身赴任中も不摂生に陥らない食事法

 松下浩二=Tリーグ チェアマン

様々な分野で活躍する一流人が実践する健康マネジメント術を紹介する本コラム。今月は2018年10月に幕を開ける卓球の新リーグ「Tリーグ」のチェアマン、松下浩二さんにお話を伺っていく。松下さんは、卓球選手として日本国内のみならず、国際舞台でも活躍。世界選手権での入賞や4度の五輪出場を果たしたトップ選手だ。日本初のプロ卓球選手として、ドイツやフランスのリーグでも活躍。現役を引退した現在は、Tリーグの開幕に向けて多忙な毎日を送っている。そんな松下さんは、どんなことに気を使って栄養を摂取しているのだろうか。今回は、食生活と生活リズムについて語ってもらった。

 私は現在Tリーグの事務局のある東京で平日を過ごし、週末は家族が待つ大阪に帰る単身赴任生活を送っています。単身で東京にいる間の食事は100%外食か市販の弁当です。

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 本来は栄養バランスを考えて、自分で作ったものを食べたほうがよいのは分かっているんですが、自炊まで手が回りません。朝食は事務局近くのコンビニで買うか、ファミレスですませています。昼食も近くの定食屋さんやレストランで、事務局のみんなと一緒に食べることが多いですね。それがコミュニケーションにもなりますから。昼食の時間帯に外出している場合は、外出先で飲食店に入っています。

 夜は、立場上どうしても外で会食をしながら情報交換したり、打ち合わせをしたりということが多い。このように朝から晩まで飲食店や市販の弁当で食事を済ませてはいるものの、選手時代に培った栄養の知識が残っています。これを生かしてたんぱく質と炭水化物、それに脂質といった三大栄養素のバランスは考えるようにしています。

 現役時代に比べたら運動量は圧倒的に減りました。エネルギー消費量が減った分、体内で脂質に変わりやすい炭水化物などは少なめにして、主菜や副菜の品目を多く取るようにしています。1食や1日のスパンで考えるのではなく、少し長めの期間で肉に魚、そして野菜と、一通りのものをバランスよく取るようにしています。

 あと、サプリメントも取っていますね。一般的な総合ビタミン系のものや、野菜ジュース、それにヨーグルトも食べたり飲んだりしています。牛乳や豆乳、お酢入りのドリンクは、水代わりに飲んでいるという感じですね。ただ、サプリメントや健康ドリンクを摂取するのは、あくまでも「補助」だと思っています。バランスの取れた食事できちんと体に栄養を与えて、少し足りないなと思う栄養素を、サプリメントなどで補給するという考え方ですね。

周りには迷惑をかけられない立場を自覚

 夜の会食で飲むお酒は相手に合わせるのではなく、自分のペースで口に運ぶようにしています。できるだけアルコール度数の低いものを選び、途中で必ず水を飲むなど工夫をしています。

 それに二次会には行かないで、一次会で帰ります。できれば午後9時には会食をすませて、家には10時くらいまでには着くようにし、11時には寝るようにしています。遅くとも12時前には寝ようと自分で決めているんです。

 選手時代は次の大会まで日数が空いていたり、オフシーズンだったりすると、ちょっと羽目を外すことはありました。でも、最近は若いころのように深酒をしないから、友人や知人に対して付き合いが悪いんですよね、非常に(笑)。

 朝は午前4時に起きて、6時半から7時の間には事務局に顔を出すようにしています。まだほかに誰もいない早朝の時間帯を使って、一人ですませなければならない業務をこなしています。始業時間の9時になると打ち合わせや会議、それに外出など、自分の時間を持てなくなりますからね。

 午後11時に寝て、翌朝の午前4時に起きるので、睡眠時間は5時間程度…、ちょっと少ないですよね。もう少し寝るようにしたほうがよさそうです。

 選手時代は、睡眠不足で体調を崩しても、影響を受ける人は限られていました。でも、今の立場になると、体調を崩して大事な打ち合わせに行けなかったりすると、事務局全体に影響が及びます。周りに迷惑をかけることになるので、体調管理には十分気を付けなければなりません。

(まとめ:松尾直俊=フィットネスライター/インタビュー写真:村田わかな)

松下浩二(まつした こうじ)さん
Tリーグ チェアマン
松下浩二(まつした こうじ)さん 1967年愛知県出身。小学校3年生のときに卓球を始める。明治大学在学中の87年に全日本選手権ダブルスで初優勝。卒業後、協和発酵キリンに入社し1992年のバルセロナ五輪出場。93年にプロ宣言し、日産自動車と契約。同年の全日本選手権男子シングルで優勝。95年、日本選手権男子シングルで優勝。96年のアトランタ五輪ではシングルでベスト16、ダブルスでベスト8に進出。97年に世界選手権マンチェスター大会ダブルスで3位に。同年に日本人として初めてドイツの卓球リーグ「ブンデスリーガー」に活躍の場を移す。2000~01年シーズンに日本人で初めてフランス卓球リーグの選手となる。01年と02年全日本選手権シングル連続優勝。04年にアテネ五輪で4度目の五輪出場を果たした。09年1月の全日本選手権を最後に現役引退。10年に卓球用品総合メーカー、ヤマト卓球(現ヴィクタス)の社長に就任。17年にTリーグ設立のために社長の座を退き、チェアマンに就任。