ゴルフを嗜む者であれば、生涯に一度は経験したいことが3つあるとされる。「ホールインワン」「アルバトロス」、そして「エージシュート」だ。偶然などによってもたらされることが多いホールインワンなどとは違い、自分の年齢よりも少ない数字のスコアで回るエージシュートは、真の腕前だとされる勲章の1つ。そして何より、70代、80代、90代…でゴルフができる「元気の証」でもある。ゴルフを始めた経緯も、その人生も様々。現役エージシューターから学ぶ「体のこと」「ゴルフの極意」をお届けする。
「このまま仕事を続けるとがんになりますよ」
金子勝男さん(77歳)が、本格的のゴルフに打ち込むようになったのは、58歳で現役をリタイアしてからである。
古い年代の読者ならばご記憶があるかも知れないが、かつて信託銀行には年利8%という、今では信じられない金融商品があった。「ビッグ」と称する半年複利の貸付信託で、300万円を5年預けると450万円になって戻ってきた。そんな高金利の貸付信託があったのは、それ以上の金利で貸し出せる旺盛な資金需要があった証左である。銀行が日本経済を下支えした時代。仕事は面白く、やり甲斐もあった。金子さんが信託銀行に勤めていたのは、そんな銀行万能の時代だった。
「本当に時代がよかったですね。先輩や同僚にも恵まれ、私にとってはすごく働きやすく、やり甲斐のある職場でした」(金子さん)
金子さんは営業畑一筋で、45歳のときに神奈川県横浜市にある港南台支店の初代支店長になったのを皮切りに、神奈川地区を統括する横浜支店長まで勤め上げた。学歴がものをいう大手信託銀行において、高卒ながら、旗艦支店を任された後に51歳で関連会社の社長にもなっている。そんな恵まれたサラリーマン人生だったが、58歳で未練もなく退任した。そのきっかけの一つとなったのが、会社の定期検診で「胃潰瘍」が見つかったことだった。
「今振り返ると、ちょうどバブルが弾けて銀行の統廃合が話題になっていましたから、そんなことがストレスになっていたのでしょう。自分では気付かなかったけれども、胃潰瘍が見つかり、『このまま仕事を続けるとがんになる』と医師に宣告されたんです。それまでのバブル絶頂期にも何人もの仲間が亡くなっていた。私にとってはいい職場だったけれども、やはり銀行業界は過酷な競争社会。同僚の葬式に参列するたびに『企業戦士、戦場に死す、だな』という思いを強くして、早い時期から55歳になったら銀行はやめるつもりでいたのです。当時は55歳定年でしたから、退職して、せめてゴルフくらいはちゃんとやって余生を送りたいと思っていた。予定していたよりも3年長く勤めたけれども、医者の言葉が自分の気持ちを後押ししてくれました」(金子さん)
ゴルフ三昧の余生のために立てた3つの目標
ゴルフ三昧の余生を送るに当たって、金子さんは目標を立てた。
「当時はハンデが9だったので、これを片手シングル(ハンデ5以下)にするのが1つ。2つ目は、60歳から出場資格のあるクラブのグランドシニア選手権を取る。3つ目がホールインワンをやる。この3つを目標に定め、達成のために年間100ラウンドしようと決めました」(金子さん)
年間100ラウンド。つまり週に2~3回はコースに出る。コースに出ない日は練習場とスポーツジムに通う。これを日課にした。
- 次ページ
- 70歳で初のエージシュートを達成