林和彦「緩和ケアとは、がんであることを忘れられる時間をつくること」
がんについてネット検索する時間があれば、家族は患者と過ごしてほしい
林 和彦=東京女子医科大学 がんセンター長
具体的には、どういうことでしょうか?

林 闘病中は、分かれ道にたくさん出くわします。プロのガイドなら、トンネルの地図が頭に入っているので、患者さんが迷う場所がわかるだけでなく、どの道を選んだら、どんなことが起こるかも知っています。個々の患者さんが大切にしている優先順位を考慮しながら、「患者さんやご家族が、どうすれば幸せになるか」思いつくことすべてを提案します。
たとえば、がんによる強い痛みを訴える患者さんには、痛みをやわらげる医療用麻薬を使うことを勧めます。眠れないという場合は睡眠導入薬を、何もしたくないという人には抗うつ薬の処方やうつ症状のコントロール法などもお伝えします。いろいろな方法で、アニメ「ドラゴンボール」のような“元気玉”をお渡しし、生きる力を取り戻すことをサポートします。
緩和ケアを受けても、病気になる前の状態には戻れませんが、かつてのご自身の姿に近づけることはできます。緩和ケア医の使命は、いろいろな薬物治療や精神的なケアを組み合わせて、患者さんががんであることを忘れられる時間をつくることです。
「家族は、家族にしかできない時間の使い方をしてほしい」
私はよく、患者さんの家族から、「家族は患者にどんなことをすればいいか、どんなことができるか」と相談されます。林さんはどう思われますか。

林 ぜひ、患者さんと一緒に散歩したり、映画を観たり、食事をしたり、一緒に笑ったり、泣いたり、悩みを聞いたりする時間を大切にしていただきたいです。
ご家族の中には、インターネットや書籍などで、ものすごく勉強してこられる方がいます。でも、その時間の使い方は不幸だと思います。30年かけて専門的な情報や経験を積み重ねてきた私でさえ、「この選択で良いのか?」と迷うことがありますから。
ご家族が短期間で集めた情報から、何かを判断するのは難しいはずです。医師は医師にしかできないことをしますので、お互い限られた時間をそれぞれの役割のために使いましょう。インターネットで検索している時間を、どうか患者さんと過ごすことに使っていただきたいと思います。それが患者さんにとって、一番メリットが大きいと確信しています。
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