林和彦「がんに名医はいない。でも良医はいる」
ガイドラインが普及した今どきの病院選び、医師選び
林 和彦=東京女子医科大学 がんセンター長
がんの病状は個人差が大きく、治療法が複数あり、さらに患者一人ひとりの価値観も異なります。がんと診断された直後から、患者は自分の病気を理解し、さまざまな情報を取捨選択する人生が始まります。自身も肺がん患者である、日経BP社の山岡鉄也が、がんと向き合った人々に話を聞き、後悔しない人生を送るためのヒントを紹介していきます。
がんと診断されて、最初に悩むのは「どの病院で治療を受けるか」。今回は、以前は食道がんの外科医として国内でトップクラスの症例数を手掛け、現在は、抗がん剤治療や緩和ケアを専門とする東京女子医科大学 がんセンター長である林和彦さんに話を聞きました。林さんは「がん医療の質はどの病院でもほぼ同じになってきたので、患者さんにとっての『良医』に出会ってほしい」と話します。
「お金と気力でもっといい病院を探すという流れは、そろそろ終わりに」
ある日突然、「がんです」と告げられたら、普通の人は冷静でいられなくなりますよね。私の場合は、「肺にがんができている」と診断され、頭の中が完全に真っ白になりました。先生の患者さんもそうですか。

林 テレビコマーシャルや雑誌では、たびたび「生涯でがんになるリスクは、男性は2人に1人、女性は3人に1人」と伝えられています。それでも、「自分はがんにならない」と考えている人は多いんです。だから、医師からがんと診断された時、「そういう日がきたか」と受け止める方はまれで、皆さん「なんで、私が…」「どうして、自分の家族が…」とおっしゃいます。
がんになる前から「がんと診断されたらどうするか」をイメージして、その後に必要な医療費や仕事に関する情報を集めたり、家族と話し合ったりしておくのが理想的ですね。なかなか、できることではありませんが、いざというときに自分らしい治療選択や療養生活を送る余裕ができます。
がんになって、最初に思い悩むのは病院選びですね。
林 10年前なら、手術の技量や治療内容で病院間の差異は結構ありましたが、この数年で、特にがん診療連携拠点病院(*1)や専門医の治療はどこに行ってもほぼ同じになりました。
理由は、病気ごとにエビデンスに基づく治療指針を取り決めた、関連学会が作成する「ガイドライン」があり、全国どこでもそれに沿って治療することになっているからです。
また、外科医の仕事は職人的な側面があるので、昔は手術室に入って先輩医師のメスさばきを見ながら勉強したものです。ところが、今は、国内外を問わず論文はいつでも入手でき、インターネットやDVDで手術中の録画を見て勉強できる環境が整っています。昔と違って、医師の知識も技量も標準化されました。
がん診療連携拠点病院に限って言えば、治療内容に明らかな差があるのは、臨床試験や治験(*2)を実施しているかどうかくらいです。保険適用外の治療をしているクリニックもありますが、まず、科学的根拠(エビデンス・データ)が確立している保険適用内の標準治療を受けるべきでしょう。日本の医療は、世界でも最先端と言っても過言ではないレベルです。
確かに、ときどき、医療事故が報道されるような病院もありますが、病院の名前や評判だけで判断するのはやめたほうがいいですね。お金と気力で、もっといい病院を探すという流れは、そろそろ終わりではないでしょうか。